昨日の当ブログで紹介した宮崎祐治さんが藤田美智子さんと共作で自費出版した「二人で映画を」を入手したのは、旧・「文芸坐」と「文芸地下」の間にあった「文芸坐しねぶてぃっく」です。ここは、映画の本やグッズなどを売っている店で、僕も映画を観に行った帰りによく寄ったものです。5月18日の当ブログにも書いたように、宮崎さんは「キネマ旬報」に載る文芸坐の広告や文芸坐のポスターを手掛けていました。そうそう、「しねぶてぃっく」で買うと、商品を宮崎さんのイラストがプリントされた袋に入れてくれました。今回の「国立映画アーカイブ」の展覧会にも展示されていましたが、僕も一枚、記念に保持しております。
そのように「文芸坐」と深い縁がある宮崎祐治さんです(現在の「新文芸坐」のマークも宮崎さんの作)から、しねぶてぃっく」に「二人で映画を」が置いてあったのでしょう。運良く、ゲットすることが出来ました。そして、このしねぶてぃっく」の店長をしていたE氏という人物が、初代「ジャッピー!編集長」であります。E氏が雑誌の「仲間募集」欄で同人を募り、集まって映画ミニコ「ジャッピー!」は生まれたのです。(僕の場合は「シティロード」誌のそれを見て) 
1997年3月6日を持って「文芸坐」は閉館。併設されていた「しねぶてぃっく」も当然ながら閉店となり、その直前に地下にあった「ル・ピリエ」という普段は演劇をやっていた小ホールを使って、映画本やグッズの割引き処分セールが開かれました。もちろん僕も期間中、足を運びましたが、僕が会場に入ると、流れていたBGMが「仁義なき戦い」に変わりました。僕が入ってきたのを見たE氏のはからい?でした。そんな思い出もあるE氏ですが、その年「ジャッピー!」9号を出したあと、亡くなってしまいます。
文芸坐の番組表である「しねうぃーくりー」のエッセイ欄にE氏はかつて、「映画で受けた恩は映画で返したい」というようなことを書いていました。僕は「ジャッピー!編集長」を引き継いで、この言葉をいつも思い出していました。そんな思いは、特に、安くいろんな映画を見せてくれた「名画座」への思いを重なります。僕の世代では、「名画座」に通い、そこで出会った映画たちにどんなに救われたり、励まされたか分からないのです。ですから、「名画座」への思い入れは大きいのです。
宮崎祐治さんもかつて「シティロード」で「名画座」についての連載をしていて、その中で「観客が減少する中、名画座のスタッフがいかに良い番組を組もうか頑張っているか」と書き、エールを送っていました。僕はこの「名画座愛」だけで、宮崎さんは信頼できる人だと感じました。
昨年、「しねぶてぃっく」でE氏の部下だったN氏が亡くなったことを聞きました。旧・文芸坐のあと、「シネマスクエアとうきゅう」や厚木の映画館、そして一昨年、新宿の「シネマカリテ」で17~18年ぶりに再会したばかりでした。初期の「ジャッピー!」にも寄稿してくれた人でした。おそらくまだ40代だったと思います。「しねぶてぃっく」の記憶からE氏や、N氏のことを思い出しました。こうして生き残っているのに、お前は映画への恩を返しているか、名画座への恩を返しているかと自分に問いかけ情けない気持ちです。何とか「ジャッピー!」を復活させたいと思っている令和の5月です。
(ジャッピー!編集長)
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