当ブログ6月2日に書いたように、降旗康男監督のデビュー作「非行少女ヨーコ」(1966 降旗康男監督)は、オープニングのジャズやシャープなモノクロ映像で「ヌーヴェル・ヴァーグ」のようなテイストがあります。降旗監督が東京大学の仏文を出ておられることもあると思います。
そんな降旗監督のフランス映画的なセンスが活かされたのが『冬の華』(1978 降旗康男監督)です。元ヤクザの男がかつて殺した兄貴分の娘を見守る……というストーリーもフランス映画にあっても良さそうですよね。組を裏切った兄貴分の役が池部良さんだし、健さんの任侠映画時代の残像が活かされた話なので、東映で製作という話になりました。たしかタイトルも最初は「網走の花嫁」だったと思います。
高倉健さんが東映を離れ、『君よ憤怒の河を渉れ』(1976 佐藤純彌監督)、『八甲田山』(1977 森谷司郎監督)、『幸せの黄色いハンカチ』(1977 山田洋次監督)など他社で活躍を見せ、しばらく降旗監督と組む機会がありませんでした。その健さんが久しぶりに東映作品に出ることになり、降旗さんが監督にあたることになります。健さんと組むのは『新・網走番外地 嵐呼ぶダンプ仁義』(1972 降旗康男監督)以来ですから6年ぶりです。
しかし、当初は山下耕作さんが監督に決まっていたそうです。この『冬の華』は、倉本聰さんが書いたTBSのドラマ『あにき』に、めったにテレビに出ない健さんが出てくれたことのお返しに倉本さんが書いた脚本です。ところが、倉本さんの「脚本を一字一句変えてはならない」という主義に山下さんが怒って降りてしまったのです。そこで、降旗さんに監督がまわってきたわけですが、降旗監督は温厚な人柄で、当ブログ6月1日に書いたように、現場でもの静かなので大声出して指示する木村大作カメラマンの方を監督と思ってしまう人が多くいるほどです。「将軍」という異名がある巨匠・山下監督と違って、降旗さんなら倉本さんと衝突しないだろうという思惑もあったでしょうし、降旗さんは東大文学部の先輩(同い年ですが、卒業は倉本さんより早い)ということもあったでしょう。
こうして降旗監督がメガホンをとったわけですが、結果的にこれが功を奏し、ノワールに「あしながおじさん」を混合させたような物語を味わい深く撮りあげました。そして、以後の健さん主演作品を連続して監督し、健さんのイメージを確立したのでした。降旗監督は、『冬の華』の前、70年代半ばあたりはテレビで「赤いシリーズ」の演出をされていたので、健さんが見守るヒロイン役に山口百恵さんの名前もあがったといいます。事務所との折り合いがつかず実現しませんでした。池上季実子さんも良かったですが、百恵さんが演じていたらまた違った魅力の映画になっていたでしょう。
(ジャッピー!編集長)
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