今日は8月6日、「広島原爆の日」です。毎年、この時期に「新藤兼人平和映画祭」が開催されています。当ブログ2016年8月6日「忘れてはならない」で書きましたが、広島出身の若い女性がひとりで立ち上げたイベントで、その信念と行動力には本当に感服しています。

僕も作品解説で少し関わっているのですが、今年も一昨日の4日(日)に池袋新文芸坐で開かれました。「第8回」となる今回のテーマは「昭和を忘れない」。上映作品は『ブラックボード』(1986 新藤兼人監督)と『にあんちゃん』(1959 今村昌平監督)の2本。戦争や原爆に直接関係ある作品ではありませんが、不況、貧困に苦闘する兄妹たちの姿を描いた『にあんちゃん』、いじめとテーマにした『ブラックボード』はやはり戦後の復興、高度経済成長の中で積み重なった日本の歪みを描いていますし、格差社会が拡大し、不寛容がはびこる今の日本にも通じるものがあります。

そして、この両作品に出演なさった吉行和子さんがトークゲストでいらっしゃいました。『ブラックボード』の方はワンシーンだけの特別出演ですが、『にあんちゃん』の方は劣悪な環境に置かれた炭坑の人たちのため奔走する看護士役を好演、毎日映画コンクール女優演技賞を受けました。吉行さんが所属していた「劇団民芸」は日活と提携し映画のギャラを劇団運営にあてていた関係で、当時の日活映画は宇野重吉さんをはじめ多くの「民芸」俳優が出ており、吉行さんも抜擢されました。トークで吉行さんは、「(アクション映画が主流の)日活の女優さんではキレイすぎると思ったのか……私が選ばれました」とおっしゃっていましたが、当時24歳の吉行さんの瑞々しさは忘れられません。「日活に出るようになって2本目。何も分からず今村監督に怒られながら無我夢中でした」と語られました。今村監督からは「役者が本当にその人になりきらないと成立しないんだ。自分の出番がないときでも現場に来て、撮影を見て“その中”にいてください」と言われたそうです。さすがは「鬼の今村」ですね。ちなみに助監督の浦山桐郎さんは「蛇の浦山」と言われていましたから、新進女優にとっては厳しい現場だったでしょう。

「あの頃は一本の映画を作るのに本当に時間をかけていて、佐賀で1か月ロケでした」という撮影中、今村監督から「とにかく太ってください!」と言われ、宿舎の朝食のときドンブリ飯をかきこみ、パンのときも男性の3倍食べたそうです。この『にあんちゃん』にも「民芸」の俳優さんがたくさん出ていますが、撮影終盤に現場にやって来た先輩俳優さんたちには「どうしたんだい、そんなに太って!」と驚かれたほどだったといいます。このすぐ後、吉行さんはやはり日活で『われらの時代』(1959 蔵原惟繕監督)に出ることになっていて、撮影現場に行ったら、蔵原監督にもびっくりされたそうです。大江健三郎さん原作の映画で、吉行さんはクラブの歌手の役で痩せている設定だったのです。それなのに、吉行さんが健康的にピチピチ太って現れたので、困った監督、「君、痩せたね」という科白を「君、元気なさそうだね」に変えたそうです。そして何とか撮影し、19591028日封切の『にあんちゃん』に続き、『われらの時代』は同年1125日封切されたのです。(ジャッピー!編集長)


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