6月26日に俳優の高島忠夫さんが亡くなりました。88歳ですが、晩年は鬱病になられたり病気がちだったのでお苦しかったと思います。高島さんの愛称は「ボンちゃん」。テレビの司会などやるようになって、ゲストの方からも気軽に呼ばれていました。「ボンちゃん」とは関西でいう「ボンボン」から来ています。お祖父さんが大地主だった高島さんは本当に筋金入りのお坊ちゃまなので、そういった育ちの良さがどうやったって滲み出ます。奥様の寿美花代さんも「怒った顔なんか見たことない」というようなことを話しているのをテレビで観たことがあります。

そんなキャラクターの高島忠夫さんは1951年に「新東宝」のニューフェイス1期生として入社します。同期に天知茂さん、久保菜穂子さんなどがいます。のちにニヒルな屈折した役が多かった天知さんとは好対照、高島さんは純情で好青年というイメージを持ち続けました。やはり生まれ持った「育ちの良さ」「人の良さ」というのが大きかったのでしょう。悪い役の高島さんというのはちょっと記憶にありません。

まさに高島さんのマジメで優しい個性がそのまま活かされた映画が『愛の砂丘』(1953 青柳信雄監督)です。新東宝映画ですが、脚本は木下恵介さんですから松竹調のホームドラマです。辻堂が舞台で、ダンゴ屋を営む夫婦(坂本武さん&清川虹子さん)の息子夫婦が名古屋に転勤、空いた部屋を間借りすることになるのが会社の後輩・高島忠夫さんです。高島さんは病弱な父親(滝沢修さん)と二人暮らしですが、会社から帰っても遊びにも行かず、滝沢さんのためにおかゆを作ったり、よく面倒を見ています。そんな本当に優しい親孝行な息子に高島さんはまさに適役で強く印象に残っています。

高島さんは同じ電車で通勤する島崎雪子さんと知り合い、お互い惹かれあいます。しかし、島崎さんはエリートとの見合いをすすめられていて、しかもそれが弟の就職試験にも影響すると父親(三津田健さん)は大乗り気です。それを知った高島さん、自分は結核の父を抱えているし一介のサラリーマンだからと諦めようとします。三津田さんは、高島さんのことを「いい青年だが結婚は難しいだろうね。給料も安いだろうしあんな病気の父親を抱えていては……」などと言います。初めから娘の結婚相手とは見ていないのです。しかし、三津田さんの妻(田村秋子さん)は実はかつて滝沢さんと恋仲だったのですが滝沢さんの家が破産して結婚できなかった過去があるので、娘にはそんな思いをしてほしくないと島崎さんを応援します。島崎さんも愛を貫き、ハッピーエンドとなります。湘南の砂浜で島崎さんが高島さんに「あの人(エリート)が幸せにする女の人は他にいくらでもいるわ。でも、あなたが幸せにできるのは私しかいないの」と言います。この愛の言葉の美しさは忘れられません。この抒情、まさしく木下恵介さん調であります! ちょっと気は弱いけど優しい性格の青年にピッタリで、高島忠夫さん、松竹に入社していたら木下映画の常連になっていたかもしれません。
新東宝から東宝へ移り、ミュージカルやテレビ番組の司会と幅広いフィールドで活躍され、楽しませてくれた高島忠夫さんのご冥福を心よりお祈りいたします。  (ジャッピー!編集長)

 


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