詐欺グループの会合に「闇営業」していて謹慎となっていた吉本興業所属の芸人たち(宮迫博之さんと田村亮さん除く)が、謹慎解除となって仕事を再開するそうです。発覚から、宮迫さんらのウソ、その後の会見から他の芸人たちも巻き込んだ内ゲバに発展したわけですが、初心に戻って楽しい「お笑い」を届けてほしいものです。今回復帰する芸人さんたちの中には生活の苦しかった人もいたでしょうし、まずは復帰できて良かったと思います。初心に戻って楽しい「お笑い」を届けてほしいものです。

今は企業コンプライアンスが重視されていますから、普通の会社だったら社長が辞任してもおかしくないでしょうが、岡本昭彦社長は減俸のみで辞任はしないそうです。この岡本社長、宮迫さん&亮さんの会見を受けて行った会見が5時間半にも及び、あまりのグダグダぶりが失笑を買っていました。僕もちょっとニュースの映像で観ましたが、急に涙をぬぐったりして、下手なコントを観ているようでした。結局、「心」が入っていないということなんでしょう。

さかんに吉本という会社は「ファミリー」なんだというような言い方をしていましたが、この「ファミリー」というのもどうかと思います。僕なんかが「ファミリー」という言葉で思い出す組織といえば、「マフィア」です。『ゴッドファーザー』(1972 フランシス・フォード・コッポラ監督)なんて映画を観ているからかもしれません。映画が末娘のコニー(タリア・シャイアさん)の結婚式で始まるのが象徴的ですが、マーロン・ブランドさん演じるドン・コルレオーネと息子たち、その血の絆が結束を固め、アメリカの裏社会に君臨していきます。劇中、「ファミリー」が目をかけている同じイタリア系の歌手を干したプロデューサーのベッドに馬の首を入れて脅すシーンが衝撃的でした。この歌手のモデルはフランク・シナトラさんと言われていますが、自分のファミリーの利益を守るためには手段を選ばないのです。「ファミリー」というと聞こえがいいですが、そこに入っていない他者、あるいは世間はどうでもいいということでもあります。

日本のヤクザも「○○一家」と名付けられるように、一種の疑似「家族」なわけです。家を追い出されたり、自分から追ん出た若者が、また「家」に入って「親」分の「子」分になるわけです。そこでは、親分の言うことは絶対で命も差し出さなくてはなりません。僕が延々観て来た任侠映画の「悪い」一家はもちろん、主人公がいる側の一家も例外ではありません。組織を保存するためには理不尽なことにも従わなくてはならず、多くの映画ではヒーローもその葛藤に苦悩し、ドラマが生まれるのです。

しかし、現実に「ファミリー」の名のもとで縛られる人はたまりません。特に、今回のように社長が「ウチはファミリーだから」と言うっていうのは、都合よく使えるという意味にとれてしまいますね。最初はアット・ホーム的な良さがあったのかもしれませんが、会社が拡大していくとともに「ファミリー」は違う意味を帯びていくように思います。

宮迫さん、亮さんたちが岡本社長に呼ばれたとき、「俺にはお前ら全員クビにする力があるんだからな」と言われたといいます。どうしたって「恫喝」に聞こえますが、これについて、岡本社長は「いや、あれは冗談ですよ」と釈明していましたが、これを聞いたとき、僕は「あ、この人はどうしようもない人だな」と感じました。人が真剣に話しているのに取り合わなかったり、「冗談だった」とか「戯言だった」という人って周りにもいますよね。僕にはもうこれだけで信じるに足る人とは思えません。  (ジャッピー!編集長)


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