ひとつ前の当ブログにも書きましたが、僕が50年前にテレビにかじりついて観た1969年夏の甲子園で太田幸司投手が準々決勝、準決勝、決勝延長18回、再試合と4日連続完投したわけですが、今だったら間違いなく批判の的になってしまうでしょう。昨年も金足農の吉田輝星投手が最後は決勝で力尽きてしまいましたが、地方予選から1人で投げ続けたことには賛否がありました。それに輪をかけるように、今年は大船渡高校の佐々木朗希投手の起用について議論が沸騰しました。地方予選の決勝戦で佐々木投手を投げさせなかったのです。160キロを投げる高校球界の逸材が故障してはいけないと、監督さんがマウンドにあげなかったのです。

うーん、これは難しい問題ですね。もちろん、佐々木くんが決勝で投げたから甲子園に行けた保証はありませんが、当然、甲子園に出るという全部員の目標に向けて最大限の可能性をさぐるのが本来ですから、一人の選手にために可能性を狭めていいのかという感じはします。その他の選手たち(特に3年生)にとっても、ただ一度の夏であるのです。しかも花巻東高に敗退した後、佐々木投手も「監督の指示だから仕方ありませんが……投げたかった」とインタビューに答えていましたから、内心では納得していない部分があるように思います。

一番身近で見ていた監督の判断なのだから……という意見も分かります。しかし、そこまで故障していたわけでなく、「故障する可能性があるから」というのはどうなんでしょう。それを言ったら誰だって中何日開けたって故障の可能性はつきまとうわけだし……。一高校野球ファンとして勝手なことを言うようですが、本人も投げれたと言っていたのですから、予選決勝で投げさせるべきだったと思ってしまいます。佐々木くん自身、共に甲子園目指して厳しい練習を共にしたチームメートに対してわだかまりは残らないだろうか……と思ってしまいます。さらにいえば、そこまで監督に「配慮」されて、今後プロに入ってそれに見合う活躍をしなきゃとプレッシャーになりゃしないかなあ。チームメートはそうは思わなくても、自分で「みんなの夢を犠牲にしたのにこの程度かと思われてるんじゃないか」と思いつめたりしないかと。

監督は「投げさせて故障したら周りから批判される」方が「投げさせず甲子園をあきらめたと批判される」方が「批判量」が少ないと思ったのかもしれません。ある意味、「故障したとき」の指導者でいるリスクを逃れたかったのかもしれません。監督にとってもプレッシャーだったことでしょう。

星稜高の奥川投手は準決勝まで自責点0(失点1)の防御率0.00です。甲子園という大舞台の独特の雰囲気の中でさらに進化している感じですね。プロのスカウトの評価も一段あがるでしょう。さて、明日の決勝ではどんなピッチングを見せてくれるでしょうか。 (ジャッピー!編集長)


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