現在、パ・リーグはソフトバンク・ホークスと西武ライオンズが白熱の首位争いをしています。一時は8ゲーム差もあったのですが、8月から西武の打線が爆発、1ゲームでピッタリくっついています。

そんな中、9月6日(金)の対ロッテ戦でホークスの千賀滉大投手がノーヒット・ノーランを達成しました。令和になって初の達成者となった千賀投手は育成から這い上がり、「お化けフォーク」で今や、日本を代表するピッチャーになりました。

新聞を見ると、ホークスの「ノーヒット・ノーラン」は何と、戦前、1リーグ時代の南海の別所昭投手が1943年(昭和18年)5月26日、対「大和」戦で達成以来、76年ぶり!だというのでビックリしました。戦後の南海ホークスには、大エースの杉浦忠さん(通算187勝。1959年には38勝4敗!)、100勝をあげたスタンカ投手、最後の30勝投手の皆川睦男さん、1973年の優勝に貢献した山内新一さん(前年、巨人で0勝だったのが、南海に移籍したとたん20勝という野村再生工場の最高傑作)など、錚々たるピッチャーがいたのに、「ノーヒット・ノーラン」達成者はいなかったんですねえ。意外です。そのあとの「ダイエー」時代にも達成者なし。現監督の工藤公康さんも200勝以上していますが「ノーヒット・ノーラン」には無縁だったのです。(工藤さんは名電高時代、甲子園で達成しています。ちなみに金属バット導入後、初の達成投手でした)

千賀投手の前にホークスで達成した別所昭投手は、戦後にジャイアンツに引き抜かれ、別所毅彦と改名、活躍します。ちなみにこの強引な移籍で2か月の出場停止処分を受けています。昔からジャイアンツの金にあかしたやり口は今も変わらないですね。

それはともかく、巨人に入った別所投手は1952年(昭和27年)に9回2死まで「完全試合」ということがあります。1952年(昭和27年)6月15日の対松竹戦です。「ノーヒット・ノーラン」どころか「パーフェクト」ですから、あと一人で逃したのは惜しいです! しかも、その27人目のバッターというのは、代打で出てきたプロ2年目の無名のブルペン捕手の神崎安隆さん。松竹の方も、絶好調の別所投手に対しほとんど諦め状態。投手の打順のところにとりあえず誰か代打を出すという感じだったようです。大エースの別所さんと、プロでヒットを打ったことのない神崎選手は明らかに格が違います。すぐに2ストライクと追い込まれて、「あと一球でパーフェクト」と誰もが思いましたが、何とか3ボールまで粘り、フルカウント。別所投手も四球をおそれたのでしょう、ど真ん中に投げ込み、神崎選手が何とかバットに当て、力なくショート前に転がり内野安打となったのです。これで「パーフェクト」が無くなったのですが、何と、これは神崎選手が4年間の短いプロ生活で放った唯一のヒットだったのです。通算9打数1安打。その1本がよりによって別所投手の「完全試合」達成寸前の局面で出たというのですから、何という運命でしょう。「ノーヒット・ノーラン」「完全試合」は、成し遂げられなかったケースにもドラマがあるのです。 (ジャッピー!編集長)

 


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