当ブログ9月27日の「夭折のシンガーソングライター、大塚博堂さんを覚えていますか」にちょこっと書きましたが、秋分の日の9月23日にNHK-FMで「今日は一日、井上陽水三昧」が放送されました。9時間あまり、井上陽水さんの曲が流され、僕も聴き入ってしまいました。

井上陽水さんがデビューして50周年ということで特集が組まれたのですが、最初は「アンドレ・カンドレ」という奇妙な名前でデビューされたことはよく知られています。当ブログでも、20171024日、25日に「アンドレ・カンドレ」さん時代のシングル盤のジャケット写真とともに書いていますからご参照ください。そこでも書きましたが、当時、営業に行くと「あなたはアンドレさん?カンドレさん?今日はひとりで来たの?」などと言われたそうです。コンビ名だと思われていたのです。もっとも、シングル盤のジャケットにもサングラスをかけた顔とかけていない顔のふたつが並んでいるので、確信犯的に「謎の双子」みたいに売ろうとしたのかもしれません。当時ホリプロ所属の「アンドレ・カンドレ」さんは、同じ所属の和田アキ子さん主演の『女番長・野良猫ロック』(1970 長谷部安春監督)の中でそのデビュー曲「カンドレ・マンドレ」を披露しています。芸名も曲名もいかにもサイケの時代ぽいネーミングですが曲はドラッギーなものではなく優しさに満ちたメロディーで、僕はのちの「夢の中へ」に近いテイストを感じました。と言っても、あとから言えることで、封切当時に『女番長・野良猫ロック』を観た人の記憶に残ったとは言えないでしょう。のちに「井上陽水」として大ブレイクしたときに「あ、あの映画で歌っていた人だ!」と気づいた人はほとんどいなかったでしょう。

この「カンドレ・マンドレ」という曲は、陽水さんが自分で作ったデモ・テープをラジオの深夜放送のパーソナリティに送ったもので、それがきっかけでデビューにつながったのです。陽水さんは「絶対売れる」と思っていたそうです(後述)が、残念ながら不発に終わります。陽水さんにしてみたら、父親の跡を継ぐために歯科大学を受験するも3年続けてスベり、必死でもがいている中で一縷の望みを託していたのでしょう。しかし、レコード会社を移籍、「井上陽水」と名前を変え再デビュー。ホリプロ時代に出会った「モップス」の星勝さんとのコラボによって認知されるようになり、ついに「氷の世界」が史上初めてLP100万枚突破という大ヒットを生み出します。僕も当時買いました! そして遡って「センチメンタル」「断絶」とアルバムを買っていきました。

ライブ盤の「陽水ライヴ もどり道」の手書きの歌詞カードの裏に「井上陽水 うれいの年表」というのがやはり手書きで書かれていて、「高校入学 夜、コンプレックスの数をかぞえると24コもあったので、ねむれなくなる」とか、「大学受験失敗(原因、ビートルズ、女性、性的不安)」、「大学受験再度失敗(原因、ビートルズ、女性、パチンコ。マージャン)」、「大学受験再再度失敗(原因 受験慣れ)」「勉学は私に向いていない事をやっと悟り歌を始める」と綴られています。それに続き、「最初に作った曲『カンドレ・マンドレ』は大ヒット間違いなしと予想、見事に予想ははずれ、以後深く潜行」と書いてあります。ユーモアをこめて綴られた「うれいの年表」ですが、実際のその時期の鬱屈と焦燥は相当なものだったろうなあと察します。しかし、3浪の何者でもない鬱屈した青年が、50年後には日本人なら知らない人はいないようなアーティストになって、NHKFMで9時間の特番を放送されるようになるとは本人も思ってもいなかったんじゃないかなあ。  (ジャッピー!編集長)

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