昨日の当ブログで井上陽水さんの3作目のアルバム『陽水ライヴ もどり道』の歌詞カードの裏面に載っていた「うれいの年表」のことを書きました。この陽水さん初のライヴ盤、ところどころに陽水さんによるMCが入っていますがこれがボソボソッという感じで、すごいナイーブな印象。「……今は卒業、入学のシーズンで……お正月でも成人の日でもないのに……女の人は着物で……そういうのを見ると……ああ、女の人に生まれてくる方がいいなと……」などと、とりとめのない話をしています。聞き取りにくいぐらいほどのボソボソ語りですが、曲になるとあの「張りのある」声で引きこみます。このアルバムでしか聞けない曲もあり、良いライヴ盤で何度も聴いたものです。

「うれいの年表」に3浪時代の苦悩と焦燥が読み取れますが、陽水さんのデビュー・アルバム『断絶』の歌詞カード(こちらは手書きではない)には、陽水さんのエッセイ?が載っています。そこでは、「なぜ歌を作ったり歌ったりするのか?」と聞かれるたびに「私の涙なくしては語れず、且つまた聞くことも出来ない物語りが、始まるのであります」と書いています。ベビー・ブームという時代に生まれたこと、父親が歯科医で、しかも男の子が自分だけだったということ、こうした不幸が重なったとユーモアをこめて呪詛を綴っていますが、やはり受験に失敗し3浪までいったことは相当に大きかったのだと察することが出来ます。そして、ようやく「最近は非常に子どもの数が減っている」と聞いて、その子たちが受験生になるころには何とかなると考え、「十年計画」を立ててそれまで食いつなぐために歌を作ったり歌ったりすることにしたというのです。そのため「心のやさしい、うそをつかない、清潔で、とてもステキな人の多い芸能界に、身を置いたのであります」と書いているのですから、皮肉たっぷりの陽水節全開です。

そんな陽水さんの諧謔的な「ご挨拶」的エッセイが載っているデビュー・アルバムですが、収録曲は名曲揃いです! 当時、僕に強い印象を残した曲がA面6曲目「人生が二度あれば」です。「傘がない」や「断絶」ももちろん良いのですが、その一方で、年老いた父母を見つめ、その人生に思いを馳せる……まだ20代前半でこういった歌詞が書ける感性、何となく、この人は信用していいんじゃないかと思ったのでした。

この「人生が二度あれば」では、♪父は今年二月で六十五~ ♪母は今年九月で六十四~ と歌われますが、欠けた湯飲み茶わんでお茶を飲むという描写がぴったりくるように当時はもうじゅうぶんに老人という年齢だったわけです。このアルバム『断絶』がリリースされたのは1972年ですが、その2年前大阪万博のあった1970年で日本人の平均寿命は男性69.18歳、女性74.67歳だったのです。(当ブログ2016年9月3日「あの頃の晩年」ご参照ください)特に男性は平均寿命が70歳に満たなかったのですから65歳と言ったら本当に「晩年」といえますね。時は流れ、今や65歳や64歳といえば、国にまだまだ働けと尻を叩かれる年齢です。週刊ポストの今週号のグラビアには中尾ミエさんが73歳でセミ・ヌードを披露しています。「人生が二度あれば」どころか現役感いっぱいです。今、この曲を歌うとしたら、6585ぐらいに変えないといけないかもしれません。  (ジャッピー!編集長)

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