「逃亡犯条例改正」への反対をきっかけにわき起こった香港のデモで、今月1日にとうとう警官が発砲する事態がありました。左胸を撃たれたのは男子高校生で重体だといいます。警告もなく、至近距離からズドンと発泡したようで、これでさらに抗議デモは激化するのではないかと見られています。武器を備えた権力が市民、学生に銃を向け殺傷する……恐ろしいことです。かつての中国の「天安門事件」のようになるのではないかと。心配になります。そもそも、この「発砲」があった10月1日は中国建国70周年を迎えた日で、大々的な式典が行われていた日です。過去最大規模の軍事パレードも行われ、世界に「力」を誇示する日であることと関係がないはずありません。きっと、中国本土からの相当な圧力があったと思います。「見せしめ」といった感じで市民の命が危険にさらされてはたまったものじゃありません。

沈静化する気配もないこれほどの大きなデモになったのは、「逃亡犯条例改正」を通常の立法手続きを省略して採決を行おうとしていたからです。権力の横暴、自分たちの自由や権利がないがしろにされることへの憤り、怒り、不満が一気に暴発したのです。一方、僕たちが住む日本はというと、公文書の改ざん当たり前、お友だちだけ優遇、モリカケ疑惑の関与者たちがほとぼりがさめたと言わんばかりに閣僚などに復帰し、セクハラだろうが失言しようが不正があろうが、「詫びた」り「金を返せばいいんだろ」で済ませる無責任政権。歴史修正主義者たちをバックに憲法改正しか頭にない独裁総理。ちょっとでも野次を飛ばせばすぐにひっくくられる恐怖政治がまかり通るとんでもない強権(いや狂犬?)国家になってしまっています。それでも、デモも起きず、今月末にはハロウィンでバカ騒ぎするだけ。(当ブログ20161030日「世界で一番アホな街」ご参照ください)この日本と香港、いったい、どちらが健全なのでしょうか。

先月、ラピュタ阿佐ヶ谷で『流血の記録 砂川』(1957)という記録映画を観ました。監督名は記されていませんが、亀井文夫さんや勅使河原宏さんといった方々が撮影を担当し、当時の「米軍立川基地拡張計画」への反対闘争を映し出しています。のちの「成田闘争」と同じように、土地を奪われる農民たちの運動に学生たちも加わり立ち向かいます。さらに、お寺のお坊さんたちも参加し、米軍基地拡大のため測量を何とか止めようとします。容赦なく警棒を振り回す警察隊に対し、徹底して「非暴力」で対峙します。お坊さんにも警棒を振るい、ケガして運ばれたお坊さんが「こんなことが……信じられない……」という場面が印象的でした。

カメラは農民側に入っているので、「測量」が入ってこないとき、学生たちはノートを広げ勉強したり、土地の子どもたちと遊んだりする様子が映し出されます。警察が来たときの「リハーサルだ!」と皆でスクラムで練習したりも明るく笑顔がはじけていて、どこか牧歌的です。久々に「連帯」という言葉が浮かんできます。まっとうな「共感」というものが存在していたのだと感じます。「座り込み爺さん」という名物おじいさんがいたり、昭和の顔の「日本人」が皆いい表情をしています。

一方、立ちはだかるこの警察隊の面々、まるでロボットのようで血の通っていない感じがします。「お前らには良心はないのか!」という言葉が農民から発せられても無表情に襲いかかってきます。警官隊の前に立ちふさがった農民たちが ♪カラス~なぜ鳴くの~ と誰からともなく唄い出しますが、全く表情も変えずまさにロボットのようです。ただ「権力」に従うことだけをインプットされているかのようで怖いです。しかし、映画の終盤、自殺した警官が出たことを報じる新聞が映し出されます。農民たちに自分たちがやっていることを恥じて……の自殺とあります。ロボットのように見えた彼らの中にも自分たちが行使する暴力に悩んだり、「連帯」に共感する者もいたのです。この方には農民、学生たちも弔意を表します。そんなこともあり、ついに政府は測量をあきらめます。歓喜に沸く農民たちは、全国から集まった学生たちに「ありがとう。勉強して立派な人になってくださいよ」と口々に声をかけます。

かつては、このように権力の横暴に対して敢然と立ち向かい、団結していた時代があったのです。この映画は本当に貴重な記録だと思います。僕はこの映画で観た自殺した警官に、やはり自殺された「近畿財務局」の職員の方を思い出しました。血税を公正に扱う自分の職務に誇りを持っていた方だったのだと思います。そういう方が命を落とし、総理のご意向に忠実に「不正」を遂行したイヌ連中がのうのうとしているのが今の日本です。  (ジャッピー!編集長)

 

 

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