昨日のラグビー・ワールドカップ、日本はサモアに勝ち、予選3連勝。本当に強くなったものです。しかし、前回の大会では3勝しながら決勝リーグに進めなかったので、まだまだ油断はできません。次のスコットランド戦も頑張ってほしいです。

サモアというと、野球好きには「サモアの怪人」と呼ばれたソレイタ選手を思い出します。(正確にはアメリカ領サモア出身の)トニー・ソレイタ選手は1980年に「日本ハム・ファイターズ」に入団した強打者です。ガッシリした体格で、それこそラグビーの選手みたいでしたね。マイナーリーグで活躍したものの、大リーグにあがっていくつかの球団を渡り歩きました。一番良かったときで、エンゼルス時代に14本のホームランを放った年があります。エンゼルスというと、日本ハムから渡米した大谷翔平選手の大先輩にあたるわけであります。パワーはありながら大リーグに定着できなかったのは、守備、走塁に難があったからでしょう。阪神タイガースにいた史上最強の外人選手といわれたバース選手なんかもそうですね。打つだけの選手ならメジャーも層が厚いのです。

そんなわけで、ソレイタ選手は日本にやって来たのです。たしか、テストを受けての入団だったと思います。「打つ」だけを期待され、ほとんど指名打者で使われました。規格外のデカいホームランを打っていたなあという記憶があります。当時の日本ハムはまだ後楽園球場を本拠地にしていましたから、狭い球場ということもあって場外ホームランをかっ飛ばしました。1年目に45本のホームランを打つ大活躍。特に固め打ちが多かったという印象なのは、1年目に1試合に4打数連続ホームランを打ったことがあったからでしょう。これは当時、王貞治選手以来の記録でしたし、2試合またいでという人はけっこういますが、1試合4連続というのは、その後もあまり出ていません。(たしか古田敦也選手も記録したと思います) なので、連続ホームランが話題になると「記録」としてたびたび紹介されます。ちなみにソレイタ選手はその年に2試合またがっての4打数連続ホームランも記録していて、一人で2回記録したのはソレイタ選手だけです。のせると怖いバッターでした。
ただ1年目は
45本の本塁打を打つ一方、打率が低く、典型的な三振かホームランかというパワーヒッターでした。その1980年にホームラン王を獲ったのは赤鬼こと、近鉄バッファローズのチャーリー・マニエル選手でしたが、そのマニエル選手のアドバイスで引っ張るだけでなくセンターに打ち返すことを学んだといいます。

それで確実性を増したソレイタ選手、2年目の1981年には打率の3割にのせ、ホームラン44本、打点は108を数え、2冠王に輝きます。日本ハム・ファイターズもリーグ優勝を果たし、ソレイタ選手はMVP確実と思われました。僕も当然そう思いました。しかし、結果は江夏豊投手でした。もちろんストッパーとして活躍したのですが、広島カープから移籍1年目で「優勝請負人」というイメージも強く作用したように思います。不運にもMVPという栄誉に手が届きませんでしたが、間違いなく日本プロ野球史に残る選手でした。 (ジャッピー!編集長)

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