昨日の当ブログで「サモアの怪人」と呼ばれた元・日本ハムのトニー・ソレイタ選手のことを書きました。入団2年目の1981年にホームラン、打点の2冠王、打率も3割と申し分ない成績をあげて、日本ハム・ファイターズの優勝に大きく貢献したにもかかわらず、MVPを獲得できなかったことも触れました。江夏豊さんがMVPに輝きました。ストッパーとして3勝6敗25セーブの成績は見事でしたが、僕の印象では広島時代より内容は落ちたように思いました。江夏豊さんという「顔」で投げているという感じで、まあそれもプロとしてスゴイことですが、成績的にはソレイタ選手の方がふさわしいように思いました。MVPはスポーツ記者の投票によって選ばれますが、1979年、80年と2年連続、広島カープの優勝に貢献した江夏豊投手がその年移籍してきて優勝ということで、「優勝請負人」という風に言われたことが影響していると思いますが、もうひとつ、こんなことも言われています。

それは、優勝が決まったあと、日本ハムの監督だった大沢啓二さんがMVPの投票権を持つ記者たちに「ソレイタには投票しないでほしい」と頼んでいたということです。

「親分」と言われる大沢監督ですから記者たちへの影響力は大きかったと思います。たぶん、大沢監督としては「ソレイタ選手にとらせたくない」というよりは「江夏豊投手投手にとらせたい」という気持ちでそういう発言をしたのだと思います。念願のストッパーに来てもらった球界のスターへの恩義のような気持ちだったのでしょう。しかし、これはいけませんねえ。実際、あとでこのことを聞いたソレイタ選手は大きな失望を感じたと言っています。

昔、日本のプロ野球界は排他的というか、外国人選手に対して理不尽な扱いをすることも多かったのです。有名なのは、阪急ブレーブスのダリル・スペンサー選手が敬遠責めにあったケースです。1965年(昭和40年)、スペンサー選手は南海の野村克也選手と激しく首位打者争いをしていました。そんな中、8月の東京オリオンズとの試合で小山正明投手から露骨な敬遠責めを受けます。作戦上、敬遠が必要な試合展開でもないのに、です。その前の試合から8連続敬遠四球という記録になってしまいます。野村選手のいる南海なら援護する大義はあるかもしれませんが、関係ないオリオンズの仕打ち、小山投手にしたら、「外人にとらせるぐらいなら、野村にタイトルとらせた方がいい」ということでしょう。これ以降、他の球団でも敬遠をされ、首位打者を逃してしまいます。スペンサー選手は日本人投手の敬遠責めに憤ってバットを逆さに持ってバッターボックスに入って無言の抗議をしたのがよく知られています。ちなみに野村克也選手はプロ野球人生唯一の首位打者となり、「三冠王」に輝きます。

こういった「外国人選手」への潜在的な差別がソレイタ選手の時代あたりにもあったのでしょう。タイトルがかかったりすると、そういった潜在的な排他意識が表面に出てしまうのですね。だいたい「助っ人」という言い方が嫌な感じです。同じようにチームの勝利のために戦っているのに、どこか「よそ者」として見ているようで不快です。

最近はそういう意識も少なくなっていると信じたいです。そういう意味では、今、ワールドカップ開催中のラグビーは、国籍や人種に拘らず「ワンチーム」となって、それを皆で応援するというのは良いなあとつくづく思うのです。

不運にもMVPをとれなかったソレイタ選手は4年連続30本以上ホームランを打ったのに、解雇されたのも残念でした。チーム事情や編成プランはあったのでしょうが……。そして、最大の不運は、母国に帰って公務員として働いていたときに、トラブルに巻き込まれ銃で撃たれ亡くなったということです。日本で豪快なホームランで沸かせた男がまだ43歳という若さで突然人生の幕を下ろしたのです。 (ジャッピー!編集長)

 

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