このところ、当ブログで「国立映画アーカイブ」で開催中の企画展「映画雑誌の秘かな愉しみ」に行った話を書いています。昔の映画雑誌の附録についていた「すごろく」や「カルタ」について書きましたが、「番付表」というのも附録の定番だったようです。「キネマ」1930年1月号の附録の「映画俳優人気給料見立て番付」が展示されていました。びっしりと東西、それぞれに男優、女優が相撲番付のスタイルで並んでいます。この番付表の面白いのは「給料」まで記載されているということです。タイトルに「見立て」とありますから、「推定」ということですが、金額まで書かれているというのは生々しいです。男優の東の横綱はバンツマこと阪東妻三郎さんで3千円とかいてあります。1930年(昭和5年)当時の三千円というのが今のどのくらいにあたるか分かりませんが(どなたか詳しい方はご教示ください)、相当な金額であることは間違いないでしょう。大関の片岡千恵蔵さんが千円とありますから、三倍の大差です。張出横綱として大河内伝次郎さんが載っていますが、やはり千円ですから阪妻さんの給料は突出しております。たぶん、田村三兄弟(高廣さん、正和さん、亮さん)が束になってもかなわないでしょう。とんでもない高額を得ていた大スターだったのです。

関脇の市川右太衛門さんが九百円、小結が月形龍之介さんで八百円、アラカンこと嵐寛寿郎さんが前頭筆頭で七百円。おそらくこのあたりでも相当な高額スタアだったと思います。張出大関には林長二郎さん(のちの長谷川一夫さん)が入っているし、おそらくこの「東」は時代劇スタアという括りなんでしょうね。「西」の方は、横綱が鈴木傳明さん、張出横綱が岡田時彦さん(岡田茉莉子さんのお父さん。夭逝の二枚目俳優です)ですから、こちらは現代劇俳優を並べているという分け方でしょうか。

さて、女優の方はというと、東の横綱が酒井米子さん、西の横綱が栗島すみ子さんで、ともに給料は八百円とあります。男優のトップ・スタアと比べると低いですね。この辺、男女格差という当時の時代背景がうかがえますね。西の横綱・栗島すみ子さんに続き、大関は柳さく子さん、関脇が入江たか子さん、その下の小結に田中絹代さんの名前があります。のち、戦後になって『流れる』(1956 成瀬巳喜男監督)で栗島すみ子さんが17年ぶりに映画に出たときに、主演の田中絹代さんや山田五十鈴さんが整列して、楽屋に入る栗島さんをお迎えしたというのも当然ですね。田中絹代さんにしたら、小結時代に仰ぎ見た大横綱なんです。

しかし、今回展示されている他の「番付」を見てみると、例えばこの「キネマ」1930年1月号のちょうど一年前の「映画と演芸」1929年1月号の附録「新撰人気スター番付」を見ると、東の横綱に栗島すみ子さんで、西は伏見直江さんで、西の大関に田中絹代さんが入っています。酒井米子さんは東の関脇だし、その年の作品や映画会社の「推し」などで番付はかなり変動があったのだと思います。あるいは、人気と給料にギャップがある人もいたのか。いずれにしても、日本人は昔から「ランキング」が好きなんだということです。江戸時代なんかも役者の人気番付とかあったというし。それは、AKB48とかの「総選挙」とか、ヴァラエティ番組でも「○○ランキング」といったものがやたらと多い現在にもしっかりと反映されていますね。 (ジャッピー!編集長)

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