最近「プライベート視察」という迷言を生み出した森田健作ですが、台風が上陸するという予報がでていたのに、当初、県庁にも詰めていなかったといいますから、もうその時点で「リーダーシップ」がないことは露呈しています。知事の「身の丈」に合わない人物だったのです。なのに、この男が10年も県知事をつとめていたというのですから驚いちゃいますね。そもそも、森田健作っていつから「政治家」になろうと決めたのかなあ。

いつ頃だったか、たぶん「オールナイト・フジ」に対抗した番組だったと思うけど、テレビ朝日の「ミッドナイト・イン・六本木」という深夜番組があり、これに森田健作は司会で出てました。この番組には中川勝彦さん(しょこたんの父です)が内外のロックを紹介するコーナーがあってそれ目当てで観たことがありましたが、性風俗とかも紹介するちょっとアダルトな番組に森田健作はミスマッチな感じがしました。しかし、そんな番組の中で少々アナクロ気味に「青春」の価値を熱く語り、「青春の巨匠」とか呼ばれるようになったのですから分からないものです。俳優はあまりやっていなかった森田健作が意外なところでまた浮上してきたのです。

その熱血ぶりは、森田健作が青春ドラマで演じてきた人物さながらで、もう森田健作自身と、フィクションで演じた人物が一体化していました。『おれは男だ!』を放映中から森田健作は講演会などでも、役に成りきって中高生に熱のこもった話をしていたといいますから、この辺から既にそういった予兆があったのでしょう。当時の中高生も最初は騒いでいても、森田の熱い話に引き込まれ真剣に聞き入るようになったと言いますから、その成功体験?が政治家へのきっかけになったかもしれません。こうイメージが固定化すると、役柄は極端に限られますから俳優としてはもう先がありませんね。悪役や複雑な役には観る方だって違和感を覚えるでしょう。かくて、森田健作は「青春ドラマ」の主人公と不可分になり、自分とキャラクターのボーダーを自分でも失ったのではないかな。

同じようなことで思い出すのは鶴田浩二さんです。晩年の鶴田さんの頑固な日本の男のイメージの核にあったのは「特攻隊」の生き残りという経歴だと思いますが、実は鶴田さんは「特攻兵」ではなく、特公兵が乗る飛行機の整備士だったそうです。つまり見送る側だったのですが、鶴田さんが『雲ながるる果てに』(1953 家城巳代治監督)という映画に主演、「学徒特攻隊」の役をやってから、鶴田さんが特攻隊員だったという言説が広まります。そのうち、どうも鶴田さん自身も「自分は特攻隊員だった」と思い込むようになったらしいのです。本当の特攻隊の生き残りの方たちの中でも「許さん!」という声が出たらしいのですが、ベテラン俳優の西村晃さん(この方は本当に特攻隊の生き残り)が「まあ、いいじゃないか」と言って収まったというエピソードが知られています。

フィクションの中に生きる者が自分のイメージにピッタリのものを見つけて、それがもう「自分」そのものになってしまうということがあるのでしょう。そういえば、森田健作と鶴田浩二さんはNHKの土曜ドラマ『男たちの旅路』(脚本・山田太一)で共演していましたね。鶴田さんは警備会社の司令補役でまさに「特攻隊の生き残り」という設定でした。そして、部下の森田さんはマジメな青年で、もう一人のいかにも現代の若者という感じの水谷豊さんと好対照をなしたのでした。 (ジャッピー!編集長)

 

 

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