昨日の当ブログで『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウエスト』1968 セルジオ・レオーネ監督)が、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019 クエンティン・タランティーノ監督)のタイトル繋がりで突然のリバイバル上映になったのでしょうという話を書きました。あるいは、今年はセルジオ・レオーネ監督の没後30年にあたるし、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウエスト』を『ウエスタン』という題名で日本公開してから50年という節目の年でもあるので、公開は決まっていて、タイトルをタランティーノ作品の話題に便乗して、原題をそのまま日本タイトルにしたのかもしれません。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウエスト』は直訳すれば「かつて西部で」とか「昔々、西部という所では」といった意味でしょうか。たしかに、映画自体も大陸横断鉄道の拡張という「文明」が押し寄せて、新しい時代の到来と古い世代のガンマンたちの「滅びの美学」みたいなものが色濃く描かれていました。タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』も、ハリウッドの撮影所を舞台にいわゆる「ニューシネマ」やヒッピー文化が浸食する時代を背景に古き良きハリウッド映画への挽歌を奏でていました。

ならば、日本でも……と考えているとき、先々週1115日(金)(先週は放送お休みでした)の『チコちゃんに叱られる』をたまたま観ると、「時代劇の“時代”って何のこと?」という問題が出ていました。一般の人にこの質問をするVTRでは池袋の新文芸坐のロビーが映り、そこに来ている年配のお客さんたちも答えられませんでした。

この「時代」とは、昔の「時代」を描くということではなく、「新しい時代を切り開く劇」という意味だそうです。(この番組は「諸説ありますが」の断り書きが出ますが……) 当時の映画界は、歌舞伎などの舞台や講談をベースにした「旧劇映画」と、(その当時の)現代を舞台にしたり洋モノを原作にした「新劇映画」の二つに分かれていました。特に舞台をベースにした「旧劇」は「引き」の画ばかりでダイナミックな「動き」がなく面白みが欠けていたそうです。これは映画にまだ音が無かった当時、弁士の人がうまく語れるようにワンカット一場面主義だったのです。

しかし、これでは映画の未来がないと考えた気鋭の映画人が、「旧劇」の慣習を打ち破ろうと考えます。「新劇」のスタイルで「旧劇」を撮ろうとワンカット主義を改めたり、それまで女役は女形が演じていたのを女優に演じさせるようにしたのです。こうして生まれた新しいタイプの「旧劇」を「新時代の劇」→「新時代劇」と呼んだのです。そこから「新」がとれ「時代劇」となったのだそうです。

といった説明を、『チコちゃんに叱られる』でお馴染みの「たぶんこうだったんじゃないか劇場」で再現?していました。タイトルは「野村、旧劇やめるってよ~時代劇誕生物語」で、この「野村」とは松竹蒲田撮影所長だった野村芳亭さん、のちの監督・野村芳太郎さんのお父さんです。芳亭さんは松竹で「新劇」映画をヒットさせた監督でもありますが、彼が「旧劇にも新劇の手法を取り入れないとダメだ」と提案する相手が伊藤大輔さんです。のちに時代劇のレジェンドと言われる巨匠になる伊藤さんも、野村さんのアイデアに賛同し、「新時代の劇」が誕生するのです。実際、伊藤大輔監督は後年「イドウダイスキ」の異名をとるほど縦横にカメラを動かす時代劇で名を馳せるのです。

この再現ドラマで野村芳亭さんに扮したのが鶴見辰吾さん、伊藤大輔さんに扮したのが山中惇さんでしたが、こんな風に、古い映画から新しい映画への転換期に躍動したり翻弄された人々のの群像劇なんか映画にしたら面白いんじゃないかなあ。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・蒲田』とか『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・太秦』とかのタイトルでいかかでしょう。  (ジャッピー!編集長)

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