今日から師走。かつて僕は31年もの間、教員生活を送っていましたが、たしかにこの時期は忙しかったです。2学期の期末試験を作ったり、翌年の入試試験の担当になっていればその校正や見直しなどにも相当時間をとられました。三年生の担任していれば受験のための「調査書」の用意もしなければいけません。そういった事務仕事がたまり、「働き方改革」とは無縁の勤務時間だったなあ。そういえば、「期末試験」は全学年、多くの科目が同じ時期に集中するから、印刷機の奪い合いになったのを思い出します。なかなか印刷機が空かなくて困りましたが、ちゃんと印刷機使用「予約」ノートみたいなものがありました。しかし、日本の中枢、内閣府ではそういうものがないそうですね。「桜を見る会」の招待者名簿を雇うが要求したその日に「シュレッダー」にかけたというあまりに都合のいいタイミング。今度は、反社会的勢力や行政指導を受けていたマルチ商法の会社社長が参加していたことが発覚、データを復元しろという要求には「復元できない」と言い続ける官房長官。どういう「功労、功績」で呼んだのか、国民に知らせる責任があるはずなのに、官邸はあーだこーだと逃げ回っています。もう、これこそが「証拠」ですよね。やましいことがあるから隠すわけですから。

誰にでも分かるような見え見えのウソと言いわけで逃げ切りを図っているのでしょうが、まだまだいろんなことが出てきそうです。そのたびにウソをついてその場をしのいでいくつもりでしょうか。以前も書きましたが、『約三十の嘘』(2004 大谷健太郎監督)という映画のタイトルは劇中にも出てくる「人間はひとつ嘘をつくと、その嘘を成立させるためにさらに30ほどの嘘を重ねないといけなくなる」という台詞から来ています。(当ブログ2018年4月18日『ウソつきは誰だ』ご参照ください) こうしてひとつのウソをカヴァーするためにウソを重ね収拾がつかなくなるのです。そうまでして独裁狂権首相・アベ晋ゾーを守りたいんですか。もう止めてくださいよ、見苦しいですよ。第一、国民が汗水たらして納めた税金が使用されているのですから、アベのクソ野郎じゃなくて国民の方を向くべきじゃないんですか、官僚の皆さん。忠実であるなら「国民」に対して忠実であるべきですよ。隠蔽に加担することがあなたたちの仕事ではないですよ。最近、『i―新聞記者ドキュメント』(2019 森達也監督)というドキュメンタリーを観ました。東京新聞の望月衣塑子記者の奮闘ぶりを描く中で、今の政権のやっていることは「国民の知る権利を奪い取ろうとする行為」という言葉がありました。国民に対して真実を隠蔽するようなことがまかり通ってはもう民主国家とはいえません。

今度は「60」というキー・ナンバーが出ました。これこそアベの公私混同を示す証拠でしょう。官邸は今頃また新たなウソのシナリオを書いていることでしょう。そして、またアベは自分で説明責任は果たさず、末端に押し付けるのです。心配なのは、モリカケのときのように、自分の職務に対する矜持と忖度の狭間で思い悩んでお役人の末端が命を落とすようなことになりはしないかということです。あるいは政権に「消される」ことにならないかも懸念されます。何たって、アベという魔物独裁者は人の命なんか何とも思っていないですからね。  (ジャッピー!編集長)

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