昨日の当ブログ「品性下劣アベ晋ゾーに、メリル・ストリープさんの言葉を」で再度紹介したメリル・ストリープさんの「ゴールデングローブ賞授賞式」でのスピーチは、「報道する力を失わず、いかなる攻撃があっても権力者たちを批判し続ける信念のある記者であってほしい」と、トランプに圧力をかけられるジャーナリスト保護委員会への期待の言葉で締めくくられていました。

これもまさに、今の日本のメディアにも言いたい言葉ですね。「モリカケ」問題だって、普通だったら内閣は吹っ飛んでいますよ。それをまんまと逃げきらせてしまったのは、野党のだらしなさもあるけれど、メディアの弱さも大いに責任があると思います。そこには「視聴率」という絶対的な価値基準があるのでしょうが、それを差し引いても「何か」を怖がり、腰がひけている感じは否めません。昨日の当ブログで、『i―新聞記者ドキュメント』(2019 森達也監督)の中で紹介された前川喜平さんの「今の政権はとにかく国民を馬鹿と思ってるんですよ。理解できない、忘れっぽい、ウソは見抜けないとタカをくくっている」の言葉を引用しましたが、その国民の「忘れっぽさ」にメディアは結果的に一役買っているように思います。国民を愚弄する悪行の真相を追及し尽くさないで、どうでもいいことをユルユルと取り上げ、国民に諦念を植え付けてしまっているように思います。テレビ局も「週刊文春」の後追いばかりでなく「桜を見る会」について独自の切りこみを見せて、ガンガン取り上げてほしいですね。織田信成がコーチを辞めたとか、そんなことはどうでもいいのです! 沢尻エリカさんの薬物問題なんかそんなに何日も取り上げることかあるのか! と、言ってる最中、新たにLSDも所持していたというニュースが伝わりました。国会会期末が迫って、逃げ切りを前にした官邸の「スキャンダル小出し」作戦でしょう、まさに。「どうせバカな国民は芸能ニュースでも見せておけば、我々の悪事なんか忘れるだろう」とほくそ笑む下品なクソ野郎・アベ晋ゾーの思うつぼです。

i―新聞記者ドキュメント』(2019 森達也監督)、東京新聞の社会部記者・望月衣塑子さんの仕事ぶりを追ったドキュメンタリーです。冒頭から、辺野古の埋め立てに使われる赤土の比率が基準を上回っていることに食い下がり、無言でスルーしようとする委員に「恥ずかしくないんですか!」と詰め寄る望月さんが映し出されます。さらにこのドキュメンタリーのメインともいえるスガ官房長官への定例会見での質問、それを遮る報道室長。それにひるまず質問を続ける望月さん。すごくヒロイックに見えるけれど、本来はこれが「新聞記者」の普通の姿勢だったはずです。ごく当たり前の記者の姿だったと思います。僕が昔の映画で観た「新聞記者」もみんなこういう風に描かれていました。それが、望月さんだけ特別「目立つ」人になっていること自体が、この国がいかに酷い状況になっているかを如実に表していますね。なぜ、望月さんに続く人がいないのか。これが問題なのです。

この映画の中でも、「権力に疑問をぶつける、食い下がるのがそもそもメディアの役割。他の国では当たり前のことなのに、なぜ望月さんだけが突出するのか、この国のメディアはおかしい」と外国人記者が述べていました。日本のメディア、このままでは「国民の知る権利を奪い取ろう」とする権力者、為政者に加担していることになりますよ。権力者、為政者をチェックしてこそのメディアです! 日本のジャーナリズムを担っている皆さん、その使命と気概を忘れないでほしいです。

そして、もちろんメディアの報道を受け止める僕たち自身も問われるのです。『i―新聞記者ドキュメント』も、ひとりひとりが「i」の意識で物事を見るべきだというメッセージを提示します。多くの人に観てもらいたいドキュメンタリーだと思います。観た人が「私はこう思います」という「i」になること、それが大事なのです。

(ジャッピー!編集長)

 

 

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