昨日の当ブログ「追悼・ジンジャー・ベイカーさん」の中で、僕は高校生時代「クリーム」をよく聴いていたという話を書きました。僕がある都立高校に入ってすぐの1学期に仲良くなったK君という友だちがエリック・クラプトンさんの熱烈なファンで、彼にすすめられて聴き始めたのでした。僕は「ビートルズ」から洋楽ロックに入った少年だったので、クラプトンさんがギターで「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」に客演していることや、クラプトンさんとジョージ・ハリソンさんが友だちだとか、そのジョージさんの奥さんのパティさんへの恋心を歌ったのが「いとしのレイラ」だとか、それぐらいは知っていましたが、それまで特に熱心にクラプトンさんを聴いていなかったのでした。「レッド・ツェッペリン」は「Ⅰ」と「Ⅱ」を聴いてぶっ飛んでいたので、ジミー・ペイジさんと並んで「三大ギタリスト」(言うまでもなくもう一人はジェフ・ベックさんです)と言われていたクラプトンさんを聴いてみようかなあと思っていたところでした。

その僕にK君は「クリーム」のアルバムを「これを聴けよ!」と貸してくれたのです。当時のことですから「カセットテープ」です。最初に貸してくれたのは「フレッシュ・クリーム」、裏面に「カラフル・クリーム」を録音したテープでした。そもそも、K君はレコードを買うと、最初にかけたときにカセットに入れ、以後はそのカセットを聴き続けるという人でした。レコードの「かけおろし」の音に拘っていたのと、レコードを大切にしていた(よく「すり減る」はど聴く、なんて言い方しましたよね)のだと思います。K君はちょっと神経質なところのある人でした。僕も人見知りな方だったので、入学後いつ、どういうきっかけで最初に話をしたのか、覚えていませんが、お互いロックが好きということで親しくなったのは間違いありません。

「クリーム」のカセットを貸してくれた翌日は、すぐに「どうだった? 良かっただろ?」ときいてきたものです。何か気の利いた感想を言おうと、けっこう聴きこんでかなり長く借りていたこともありました。2枚組の「クリームの素晴らしい世界」や「ライブ・クリーム」、「ライブ・クリームVol.2」、「グッバイ・クリーム」も続けて借りてずいぶん聴きました。(当時、「クリーム」のオリジナル・アルバムはここまででした。「BBCライヴ」とかはCDの時代になってから出たのでした)

3年間クラス替えのなかった高校だったのですが、そのK君は高校2年の夏休みのあと、2学期初日から学校に来なくなってしまいました。担任の先生にもK君はどうしたのか、訊きましたが「家庭訪問しても会えない」ということでした。今でいう「引きこもり」というものだったのでしょうか。僕も他の友人3人と一緒に市ヶ谷にあったK君の家を訪ねてみました。K君のお母さんに僕らが来たことを伝えてもらったのですが、K君は現れませんでした。その後も何度かK君の家を訪れましたが、結果はいつも同じで、K君のお母さんは申し訳なさそうな顔をするばかりでした。一度、「K君は部屋で音楽を聴いていますか?」ときいてみたら、毎日「クラシック音楽」を聴いているという意外なこたえが返ってきました。

K君は出席日数も足りず、3年生にはあがれず、2年生をもう一度やることになり下の学年の名簿に名前がありましたが、やはり一度も学校には来なかったようです。高校2年の1学期を最後に二度と会うことはありませんでした。彼がなぜ学校に来なくなったのか、エリック・クラプトンさんから、「クラシック」に変わったのもなぜか分からず、時は流れていきました。エリック・クラプトンさんも薬物やアルコール中毒になったり、幼い子どもを事故で失ったり、いろいろな波乱を乗り越えて音楽活動を続けています。K君は今、どうしているのか、あれからどんな人生を歩んだのか、あれだけ熱烈に聴いていたクラプトンさんをまた聴くようなことはあるのか。高校時代の1年ちょっと、人生のほんのわずかの時間で交差しただけですが元気でいてほしいなあと思います。「クリーム」から、個人的な思い出が蘇ってしまいました。

(ジャッピー!編集長)

 

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