当ブログの今年のはじめ、1月2日~7日にかけて、昨年話題になったクイーンのフレディ・マーキュリーさんの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』(2018 ブライアン・シンガー監督)、エリック・クラプトンさんの軌跡を描いた(こちらはドキュメンタリー)『エリック・クラプトン ~12小節の人生~』(2017 リリ・フィニー・ザナック監督)について書きました。今年になってからは、エルトン・ジョンさんの半生を描いた『ロケットマン』(2019 デクスター・フレッチャー監督)もありました。(←この作品については当ブログ2019年9月20日、21日、22日をお読みください) 『ロケットマン』はエルトンさんがエグゼクティブ・プロデューサーとなっていますから、自伝といってもいいですね。60年代~70年代から活躍したミュージシャンも振り返る年齢になってきているのでしょう。ともかく往年のロック・スターの伝記映画がヒットしたわけです。この流れで公開されたと思われるのが、「シカゴ」のドキュメンタリー映画です。

『ナウ・モア・ザン・エヴァー ザ・ヒストリー・オブ・シカゴ』(2016 ピーター・パーディーニ監督)という映画です。僕は今年10月初めに観ましたが、製作は2016年ですから、上記のミュージシャン伝記映画のおかげで日の目を見たのでしょう。「シカゴ」といえば、1967年結成ですから、映画製作時で結成49年、その後も健在で今年も37枚目のアルバムをリリースしています。これだけ長く続いているだけでもスゴイことです。グループ結成し、シカゴのクラブでは演奏していた当時、ビートルズなどのヒット曲のカヴァーをやり、自分たちのオリジナル曲をやると「クビだ!」と言われる始末だったといいます。ちなみに「シカゴ」といえば、ホーン・セクションを取り入れたロックバンドというスタイルが斬新だったわけですが、これはビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」を聴いて着想したのだそうです。

ジェイムズ・ウィリアム・ガルシオさんという敏腕マネージャーが登場、彼らにめげずにオリジナル曲をやれと説得し、猛練習と曲作りに打ち込み、やがて大きなステージに出れるようになり、アルバート・キングさんや、ジャニス・ジョプリンさんなどの前座をつとめます。ドキュメンタリーの中で、その頃「ジャニスが落とした財布を『拾いなさいよ!』と偉そうに言ったので、頭に来て『何だ、その言い方は! 自分で拾え!』とケンカになった」というエピソードが、いかにもジャニスさんらしく、面白かったです。その後、メンバーは皆、ジャニスさんとは仲良しになったそうですが。また、ジミ・ヘンドリックスさんとも親しくなって、テリー・キャスさんは「俺より上手いよ」と言われたそうです。あのジミヘンにギターを褒められるなんてスゴイ! ある時、飛行機で一緒になったとき、ジミさんが悩んでいるようだったので、きいてみると、「君達も売れてツアーとレコード・リリースに追われるようになれば分かるよ」と言われたそうです。そのときは「望むところだ」と返事したテリーさんでしたが、やがてそれを実感するようになります。

やがて、ガルシオさんがレコーディング契約を取り付け、1969年に異例ともいえる2枚組アルバム「シカゴの軌跡」でデビュー。すると、ここからは順調で出す曲、アルバムはヒットを連発、ライヴも好評で、このドキュメンタリーの中でも「挫折はなかった」と言い切っています。やがて彼らはカリブーの農場にスタジオを建設、そこにこもって「より良いアルバム」を作ろうと考えます。しかし、「金のあり余った若者を閉じ込めるわけだからね」と悪戯っぽい口調で回想されるのは「乱痴気騒ぎ」の日々です。

「何しろ警察が来ないからね」というこの農場生活の模様を映したプライベート・フィルムも登場しますが、西部劇みたいに馬を乗り回し、「質のいい」ドラッグなど、まさに黄金の日々という感じです。特に、テリー・キャスさんは多趣味で狩猟、釣り、バイクなどアウトドア全般に及びます。この辺、ちょっと梅宮辰夫さんみたいですが。しかし、その趣味がテリーさんの命を奪ってしまいます。ご存知のように、銃の暴発事故で亡くなるのですが、メンバーは「ドラッグやってるときは銃をいじるな」とかねがね注意していたそうです。ドラッグで亡くなったジミ・ヘンドリックスさん同様、テリーさんも突然この世を去ったのです。このテリーさんの死のショックは今も重く記憶されていることがメンバーたちの証言で分かります。デビューから50年経った今でも、テリーさんがいた頃の曲をやるときはテリーさんを悼むように天を見上げるのだそうです。 (ジャッピー!編集長)

 

 

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