ひとつ前の当ブログで、一昨日の「第70回紅白歌合戦」のことを書きました。今回、初めての試みとして登場したのが「AI美空ひばり」です。AIを駆使して、美空ひばりの姿と声を蘇らせて(?)、「新曲」を歌うというものです。たしか、事前に「NHKスペシャル」という番組でも披露されていたと思いますが、それを完成させて大晦日当日NHKホールのステージに投影させたのです。

「久しぶり」と言葉を発し、秋元康が作詞したという新曲「あれから」を歌う、「AI美空ひばり」。僕は長年の「紅白」ウオッチャーなので、毎年トリで登場した美空さんもよく観ていましたが、この現代の科学技術が蘇らせた「美空ひばり」との再会には感動することはありませんでした。感動どころか、不快と恐怖が入り混じった複雑な思いを抱きました。美空ひばりさんのファンの方々の中には、「もう一度、ひばりさんに会いたい」とか、「ひばりさんの新曲が聴けないのは悲しい」といった思いを持たれている人も多いと思います。それは分かります。スターに限らず、誰だって、自分の好きな人、大切な人に対してそう思うものでしょう。しかし、故人となってしまったのですから、もう会えないし、声も聴けないのは当たり前のこと。この世の摂理でしょう。AIによる「美空ひばり」の蘇えり、何だか「クローン」で生命を作り出すのと近いものを感じます。もちろん、今回「命」を作り出したわけではないですが、考え方がつながるような気がします。科学というのは簡単にある領域を踏み越えてしまうことがありますからね。倫理やモラルが追い付かないで、どんどん進んでいってしまう危険性があると思います。こうして「AI美空ひばり」が完成すれば、あのスターも、この人も、となって、そのうち、故人のAIだらけの「紅白」になったりしないか。いや、それはまだしも、死者をAIで蘇らせる企業が登場し、お金持ちは自分の親や親族をAIで復活させるのが当たり前になって、そこにも「故人格差」が生まれるんじゃないのか。そして、「死」というものに対する畏怖や思いといったものが変質することになるかもしれません。

前に、スティーヴン・キングさんの『ペット・セマタリー』という小説を読んだことがあります。死んだ飼い猫を埋葬したペット用の共同墓地に不思議な力があって、その猫が生き返ってきます。それを知って、愛する息子を亡くした親がそこに埋葬すれば……というストーリーです。キングさん自身の脚本によって映画化もされました。『ペット・セメタリー』(1989 メアリー・ランバート監督)も観ましたが、子どもを失った親の哀惜の気持ちが滲む一味違うホラー映画になっていました。(昨年リメイクされた映画がもうすぐ日本でも公開されるそうです)今回の「AI美空ひばり」を目撃して、僕は『ペット・セマタリー』を思い出しました。もう一度会いたいという哀切きわまる気持ちは分かりますが、一線を越えてはいけないと思うのです。(ちなみに原作本は、ペット霊園を作った子どもたちのスペル間違いを生かして「セマタリー」、映画のほうは「セメタリー」です)

AI美空ひばり」は、NHKやレコード会社に残っている膨大な映像や音源を元になっているわけですが、ひばりさんを偲ぶなら、過去の映像を流せばいいことでしょう。「新曲」なんていりません。かなり前ですが、河島英五さんが亡くなった年の「紅白歌合戦」で、堀内孝雄さんがスクリーンに映し出された河島さんの映像と歌声に合わせて「酒と泪と男と女」を歌ったことがあり、 この「デュエット」には感動しました。故人を偲ぶならいくらでもいい演出ができると思います。故人を蘇らせ、新曲を歌わせるなんて必要ありません。

(ジャッピー!編集長)

 

 

 

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