今年の元日は、大手コンビニのいくつかの店舗が休業にするというニュースがあったのですが、僕の家の近所のコンビニは「セブンイレブン」も「ローソン」も「ファミリーマート」も普通通りやっていました。もしかしたら、本社の幹部クラスの人が出向いていたのかもしれませんが、買い物もないし中に入らなかったので分かりません。この「コンビニにも休日を」という問題提起の発端になったのが、東大阪の「セブンイレブン」です。人手不足からオーナー自らの判断で「時短営業」を始めたかどで本社から「フランチャイズ契約」を解除されたことが話題になりました。契約を切られたあとは、オーナーの方が独自に営業をされているのですが、本部から仕入れができなくなって商品棚も空いているとか、商品発注のシステムが利用できないのでレジも現金しか対応できないなど、不利な状況になっているので、休業となる可能性があるといいます。

オーナーは「本社のやり方は不当だ」と法廷に持ち込むようですが、たしかにこのやり口は本社の「見せしめ」のように感じます。「年中無休」という指令に最初に反旗をひるがえしたためにターゲットになったように見えます。「働き方改革」とか言っている一方で、人手が足りなくても「営業」を強制し、休めば「契約解除」という仕打ち。フランチャイズといっても「自営」とはほど遠いのが実態なのですが、少し前に観た『家族を想うとき』(2019 ケン・ローチ監督)もまさに同じような状況を描いていました。

この映画でも、主人公は宅配ドライバーの仕事に就き、会社とフランチャイズ契約を結びますが、「自営」とは名ばかり、厳しいノルマに縛られ、一日14時間も働き、何かあればペナルティで500ポンド、1000ポンドの金をとられるシステムになっています。家族と過ごす時間もないので、それぞれの心もささくれだち、ぶつかり合い、追いつめられていきます。観ていて本当に胸が引き裂かれるような思いになります。日本でも宅配便のドライバーさんの過酷な労働状態が問題になっていますが、まさに同じです。

思えば、「新自由主義」とかお題目をかかげた竹中ヘイゾーみたいな奴を登用したコイズミ首相(ポエマーのパパ)の時代に行われた改革は、弱者を社会システムから排除する骨格に基づいていました。一言でいえば「切り捨て」です。一所懸命にやっているだけでは認められない、報われない人々を生み出すことが「痛みに耐え」ということだったのです。その流れをたやすく受け入れてしまったこの国を覆うのは、効率と功利ファーストの弱者の淘汰です。今の日本は「右」と「左」ではなく、「上」と「下」に二分されたように思います。 (ジャッピー!編集長)

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