一昨日の当ブログで、『わたしは光をにぎっている』(2019 中川龍太郎監督)のことを書きました。松本穂香さんが演じる主人公の名前は「澪」。昔、朝ドラで沢口靖子さん主演の『澪つくし』というのがあって、そのとき「澪つくし」とは、人が操る船に水路を示すために打たれた杭だと説明されていたのを何かで読んで覚えていました。(たしか、「身を尽くし」という意味もかけていたと思います) 「澪」というのは川や海で船が通った跡のことなのです。ということで、この映画での松本穂香さんの役は、自分が前に進んでいくことでその後ろにも「軌跡」を残す……失われていく街の風景の記憶を受け継ぎ、つないでいく意味があるんだろうなあと思ったのでした。映画のラストは、まさにそんな感じで、希望の光が差し込むようで後味の良いものでした。

その松本穂香さんが演じた「澪」が上京する前、田舎のおばあちゃんが言うのが「しゃんとしなさい」という言葉です。自然にあふれた田舎から、ゴチャゴチャした東京の下町にやってきて、環境が激変した「澪」ですが、この「しゃんとしなさい」という言葉を胸に、生活を築いていきます。この映画を観たのは昨年の11月で、ずいぶん経っているのですが、最近『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(2019 片渕須直監督)を観て、この「澪」の佇まいは「すず」さんに似ているなあと思ったのでした。「澪」も「すず」さんもちょっとボンヤリしているけれど、しっかり足元を見つめ、丁寧に生活を送っています。そうして、自分の「居場所」を探していくという点も共通しています。そういえば、『この世界の片隅に』のテレビドラマ版で「すず」さんを演じたのは松本穂香さんでしたね。

『この世界の片隅に』(2016 片渕須直監督)については、もう言うまでもないですね。大ヒット作となりましたし、キネマ旬報ベストワンなど数々の映画賞にも輝きました。僕も当ブログ20171110日、11日に書いていますが、戦時中の庶民の生活を精緻に描き込み、当たり前の「暮らし」の愛おしさに満ちた作品です。だからこそ、それを破壊する戦争のおぞましさが突きつけられるのです。柔らかい描線や色彩、その表現方法も含め、最高の反戦映画であると思います。今回の『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』は、そのタイトル通り、遊郭の「リン」さんのエピソードをフィーチャーして、「すず」さんよりももっと片隅で「見つけられない」人に視線を向けました。「リン」さんは「すず」さんであったかもしれないし、「すず」さんは「リン」さんであったかもしれない。こうして、ひっそりと生きた多くの名もなき人にも目を向けているだけでも、この映画の作り手は信用できると思います。

アメリカとイランの全面戦争は避けられそうですが、イランの誤爆によってウクライナの旅客機が撃落、多くの民間人が亡くなってしまいました。ひとりひとりが営んでいた当たり前の生活が無残にも消し去られてしまったのです。普通に暮らすこと、そのかけがえのない貴重な喜びを奪ってしまう、戦争はだからダメなんです。イデオロギーとか、体制、反体制ということは関係なく、戦争は「悪」なのです。 (ジャッピー!編集長)

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