昨日の当ブログで、友人が貸してくれた「自然療法」の本のことを書きました。『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(2019 片渕須直監督)にもあったように、野菜も捨てるところなく食べれるし、野草も使えるということが書かれていて参考になりました。逆に、今まで何ていいかげんな食生活を送っていたのだろうと思ってしまいました。食べるだけでなく、野菜や野草などを使った薬や手当ての方法なども出ていて、まさに「自然」のサプリメント。自然の持つ力に驚くとともに、そういう力を見い出した昔の人の知恵というのは本当にすごいものだと思います。

こういった先人の方たちの「知恵」を受け継がれてきたことも含めて、先祖がいて、親がいて、僕たちが今ここにいるというのを実感させられます。自分を生んでくれた両親がいて、その両親にもそれぞれ両親がいて……と先祖をたどっていくと、十代さかのぼった時点で1024人、20代さかのぼれば1048576人にも及ぶということがこの本にも書かれていましたが、僕たちが今ここにいるということは、こんなにも多くの先祖がいて生命をつないできたということなのです。特に、僕は昨年、入院、手術など経験したので、自分が「生かされて」ここにいるということを強く感じたのです。

東京オリンピック、パラリンピックなどで盛り上がっているのか、あるいは上辺だけは盛り上がっているふりをしているのか、その一方、今の日本は悲惨な事件も多いです。先日、裁判があった「津久井やまゆり園」で入所者を19人も殺傷した事件、京都アニメーションに放火した事件、親が子どもを虐待し死に至らしめるなど、心の奥底まで冷え込むように感じます。新幹線の中で殺傷事件を起こした男など、自分が一生、刑務所に入っていたいという望みをかなえるために「殺すのは誰でも良かった」などと言っています。その「誰も」がそれぞれ、この地球に生をうけ、未来という時間を持ち、日々を生きていたのです。加害者たちには、そういうことへの当たり前の想像力が欠如しているのでしょう。他者の人生を奪って自分の不満の捌け口にするという身勝手さ。ネットには他者を傷つける言葉が氾濫し、お年寄りを欺いてお金を奪うあさましい犯罪もなくなりません。これらに共通するのは、自分の利益や欲望だけにしか目を向けず、「他人がどう感じて生きているのか」ということに思いがいたらない心の有り様です。皆、「自分が」「私が」「オレが」どう思うかだけで、他人の痛みを蔑ろにしています。

前に『世界の中心で、愛をさけぶ』なんて小説が流行ったことがありました。長沢まさみさん、森山未来さん主演で映画化(『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004 行定勲監督))もされました。しかし、本当は僕たちは世界の片隅においてもらって、昔からの「知恵」やいろんな人との関わりで生かされているのではないでしょうか。物陰の小さな声に耳を傾け、人の痛みや思い、孤独や悲哀に気づけるようにありたい……そんなことを『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』は思わせてくれるのです。 (ジャッピー!編集長)

 

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