先週の金曜日、病院に行ってきました。闘病中でもう半年も定期的に病院に行っているのですが、受付から看護婦さん、あらゆる病院職員が全員、マスク姿になっています。たしか、ここもコロナウイルスに感染した人が搬送されたと聞きました。街中のお店のどこにもマスクが売っていないけれど、ここの売店ならあるかなと、診察後に行ってみました。しかし、やっぱりありませんでした。病院職員の分はある程度確保されているのでしょうが、患者、来診者の分はないのです。みんな不安に駆られて、マスクを買い占め、買いだめしているのでしょうが、病院関係など本当に必要な人にまわらない状況は困ったものです。

少し前、コンビニの人に聞いたら、ごくわずかだけれど深夜に入荷して、それを待っていたかのようなお客さんがすぐに買い求め、1分も経たないうちに売り切れたそうです。どのお店もマスクがあった棚が空っぽになって「入荷の予定はありません」などと貼り紙されている光景を見ると、「オイルショック」の時代を思い出します。あれは1973年、トイレットペーパー、ティッシュペーパーなどがお店から無くなったのでした。たまに入荷すると、皆、我先に殺到して将棋倒しになって大怪我した人もいたと記憶しています。僕はそれほど切迫して買いに行ったことはなかったですが、おひとり様1個とか2個までとか制限されていたのは覚えています。あれほどパニックになったのは、テレビのニュースで長蛇の列になっている映像とかを見て、集団心理がはたらいたのではないかと当時も思いました。

トイレットペーパーより覚えているのは、石油の値段が上がって大変だったことです。(当時、うちは石油ストーブだったのです)ガソリンスタンドが日曜日、休みになって、銭湯も毎日営業ではなくなりました。(一日置きだったかな?) ガソリンが売られなくなって、タクシー運転手さんたちがデモをしていたのも新聞で読んだ記憶があります。生活がかかっているから切実だったと思います。子どもにとっては、マンガ週刊誌がかなり大幅に値上げしたことが大きかったです。一気に30円ぐらい上ったような気がします。当時の30円、これは大きかった! 記憶が曖昧ですが、実質ページ数は同じか減ったのに2色刷りページを増やして、それで値上げのエクスキューズにしている感じが子どもにも見え見えでした。

テレビの放送時間も短縮されたり、ビルの暖房も制限されたりネオンも消えたり、いろいろな所に影響がありました。高度経済成長を突き進んだ日本が初めて足踏み状態となった時期でした。中東の石油にいかに依存し、自分たちの生活にいかに直結しているかを多くの日本人が知らされたわけです。僕がOPEC(石油輸出国機構)というのを知ったのもこのときでした。商社が買い占めしたり、売り惜しみなんてのもありました。いろんな物が値上がりしましたが、今思えば、かなり「便乗値上げ」というものがあったと思います。今、店頭からマスクが無くなった街を見て、結局、皆、自分さえ良ければいいのだ……人間というのは変わらないものなんだなあと嘆息まじりに思うのでした。  (ジャッピー!編集長)

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