2月5日に俳優のカーク・ダグラスさんが亡くなりました。103歳ですから大往生といっていいでしょうが、ハリウッド黄金時代を知るスターがこの世を去ったのはとても淋しいです。

カーク・ダグラスさんといえば、まずやっぱり『OK牧場の決斗』(1956 ジョン・スタージェス監督)ですね! ビリングのトップに立つのはワイアット・アープを演じたバート・ランカスターさんですが、ドク・ホリディを演じたカーク・ダグラスさんの方が目立っていました。保安官のワイアット・ホープに対し、肺病病みながら酒とバクチで暮らし、ダンディな服装でキメているので「もうけ役」といえば「もうけ役」ですが、本当にカッコよかったです。おかげで、「ドク・ホリディ」といえば、自動的に「カーク・ダグラス」さんが浮かびます。

西部劇では有名な話なので何度も映画化されているワイアット・アープ&ドク・ホリディものを観ても、やはりカーク・ダグラスさんを超える配役はなかったと思います。その後、デニス・クエイドさんやヴァル・キルマーさんなどが「ドク・ホリディ」を演じましたが、凄みが足りなかったように感じました。名作『荒野の決闘』(1946 ジョン・フォード監督)も、僕は『OK牧場の決斗』より後で観たので、ヴィクター・マチュアさんより断然カーク・ダグラスさんのイメージです。本当に最初に観たことによるイメージの「刷りこみ」というのは強烈なものです。そしてスタージェス監督の『OK牧場の決斗』はすごく、日本人好みな作風だったと思います。それもドク・ホリディの「我慢」「男気」そして情婦との「腐れ縁」的な愛情などを見事にカーク・ダグラスさんが体現していたからです。

また、演技者だけでなくカーク・ダグラスさんは映画界に貢献しています。『OK牧場の決斗』で共演したバート・ランカスターさんもそうですが、カーク・ダグラスさんはこの1950年代のスターによる独立プロダクション代表者の草分けとなったのです。メジャーの会社の規制にとらわらず良い作品を作ろうと、カーク・ダグラスさんは「ブライナ」という製作プロダクションを作ります。そして手掛けたのが『スパルタカス』(1960 スタンリー・キューブリック監督)で、その脚本にドルトン・トランボさんを起用します。トランボさんは「赤狩り」によって理不尽にも投獄され、表向きハリウッドから追放の憂き目にあい、友人の名前を借りたり、変名を使って脚本を書いて糊口をしのいでいました。このあたりについては映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』(2015 ジェイ・ローチ監督)に詳しいです。(当ブログ2016年8月12日「日米カツドウ屋魂」をご覧ください) アカデミー賞脚本賞を獲得した『黒い牡牛』(1956 アーヴィング・ラパー監督)も変名ロバート・リッチで書いていますし(当然、授賞式には誰も姿を現さなかった)、大ヒットした名作『ローマの休日』(1953 ウィリアム・ワイラー監督)も友人の名前を借りて執筆していました。そうしないと仕事ができなかったのです。そんなブラックリストに載っているドルトン・トランボさんの名前を「赤狩り」以降初めて堂々とクレジットしたのが製作者であったカーク・ダグラスさんだったのです。

『スパルタカス』は元々、アンソニー・マンさんの監督で始まりましたが、撮影1週間で解雇、キューブリックさんを監督に起用したのもカーク・ダグラスさんさんです。もっとも、そのキューブリック監督とも大揉めだったようですが(キューブリックさんは有名なトラブルメイカー)、何とか名作に仕上げたのは「奴隷の波乱」という史劇にドルトン・トランボさんという脚本家を起用したカーク・ダグラスさんの慧眼によるところ大です。そして、ちゃんと名前もクレジットしたこの勇気ある行動で、ブラックリストは事実上廃棄され、ハリウッドの「赤狩り」は終焉を迎えたのです。

ちなみにカーク・ダグラスさんは『カッコーの巣の上で』の原作権をいち早く買った人でもあります。ご自身では映画化まで至りませんでしたが、のちに息子のマイケル・ダグラスさんが製作し、ジャック・ニコルスンさん主演で『カッコーの巣の上で』(1975 ミロス・フォアマン監督)として完成、アカデミー賞を獲得しました。『スパルタカス』、『カッコーの巣の上で』、なるほど、下積みの長かったカーク・ダグラスさんらしく、権力に抗して自由を求める映画を作る意志が伝わってきます。

スター俳優というだけにとどまらず、本当に偉大な映画人であったカーク・ダグラスさんのご冥福を心よりお祈りいたします。  (ジャッピー!編集長)

 

 

 

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