2月10日(アメリカ現地時間では9日)、「アカデミー賞」が発表され、『パラサイト 半地下の家族』2019 ポン・ジュノ監督)が作品賞に輝きました。監督賞、脚本賞、国際長篇映画賞も獲得、今回最多4部門を制しました。英語以外の作品の作品賞受賞は初めてですから、歴史的快挙です。「カンヌ国際映画祭」でもパルムドールを獲りましたから期待されていましたが、今まで「外国語」の映画が受賞した例はなかったし、僕も全く予想していませんでした。

僕は先月、公開されてすぐ『パラサイト 半地下の家族』を観ましたが、大満足、入場料以上にたっぷりと楽しませてもらったという感じでした。ソン・ガンホさんの一家が住む「半地下」と、彼らが寄生していく金持ちの豪邸が建つ「高台」で「格差」というテーマを可視化するのは、かつての『天国と地獄』(1963 黒澤明監督)を思い出させます。(犯人の山﨑努さんは三船敏郎さんに、「夏は暑くて眠れない。冬は寒くて眠れない。そんなアパートから見えるあんたのお屋敷はまるで天国のように見えたよ!」と言います)『天国と地獄』も湿度を感じさせる映画でしたが、この『パラサイト 半地下の家族』では、さらに豪雨が追い打ちをかけますから「格差」描写がさらに際立ちます。浸水し、逃げ道のない圧迫感は容赦なく「貧困」を描き出します。坂道、階段、地上と地下、こういった美術と映像の作りこみには脱帽です。

貧乏一家が狡猾に闖入する展開がすすむ前半にブラックなユーモアが醸し出されるし、リヴィングにいるところを見つかりそうになるサスペンス、地下で格闘になってからクライマックスに至るまで息もつかせぬ緊迫感です。僕が印象に残ったのは、「匂い」を指摘されたガンホさんが一瞬見せる表情。この「匂い」が決定的に埋まらない「格差」の断層を象徴しているようで、あのパーティの場面は『愛と希望の街』(1959 大島渚監督)のラスト、鳩を撃つシーンに通じると思います。(大島渚監督のデビュー作『愛と希望の街』については、当ブログ2017年5月3日、4日、5日をお読みください)

IT企業の社長のアメリカナイズされた富裕生活をおくる豪邸の地下で、ソン・ガンホ一家と、ある人たち(ネタバレになるので秘す)が格闘するのは、まるで、アメリカの支配下でいがみ合う韓国と日本のように見えてしまいました。そういえば、ポン・ジュノ監督の『グエムル 漢江の怪物』(2006 ポン・ジュノ監督)なんかも、あの「怪物」は明らかにアメリカの暗喩だったし、エンタテインメントの作りの中にしっかりテーマ性がこめられています。

こうした、「分断」と「格差」が進行するアメリカへのアンチである外国映画が評価されたことは大きな意味がありますね。大統領が他国との間に壁を建設したり、移民を排斥しようと、映画はそれを飛び越えて人々に届き、共感や感動を広げるのです。ポン・ジュノ監督の「……世界中の人々はつながっていて国や地域は関係ない。映画の美しさを追い求めれば、壁は乗り越えられる」というスピーチのとおりです!

ともかく、最近の韓国映画の勢いとクオリティの高さはすごいものがあります。ポン・ジュノ監督に限らず、皆、やりたいことをやろう、撮りたいものを撮ろうという気概があふれているのが分かります。僕は自他ともに認める日本映画ファン(鑑賞本数の8割以上が日本映画)ですが、残念ながら、日本映画はかなり負けていると言わざるをえません。いったい、この差を作っているものは何なのでしょうか…… (ジャッピー!編集長)

にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ にほんブログ村
おもしろいと思ったら、クリックしてください!