3月17日に映画評論家の松田政男さんが亡くなりました。87歳です。このところ、お名前を見かけることもなく、どこかで施設に入られているようなことを聞いていましたが、まだお元気なものと思っていました。

僕が映画を観始め、特に日本映画に魅せられ泥沼にズブズブはまり身動きがとれなくなった頃、それは「ロードショー」から「キネマ旬報」に進んだ頃ということですが、盛んに映画評を書かれていたのが松田政男さんです。まず、その守備範囲の広さに驚嘆しました。高校生のときに共産党に入党し、「行動派」として活動していた松田さんですから、大島渚さんや若松孝二さんといった監督の作品はもちろんのこと、邦画、洋画、プログラム・ピクチャーから日活ロマンポルノ、自主映画まで幅広くご覧になっていたのが単純にスゴイ!と思ったものです。

とりわけ、僕が愛読していた「ムービーマガジン」で連載されていた「映画全評」が楽しみでした。松田さんが観た映画を全てあげていくというもので、「東映マンガまつり」から洋ピン、大作、B級映画、さらに自主映画の上映会まで、観まくっている日々の記録で、あまりに本数が多すぎて毎回、紙数が尽きてしまうのが常でした。おまけに「ムービーマガジン」はなかなか予定通り発行されず(一応、隔月刊となっていましたが何か月も出ないのはザラでした)そのため松田さんの全評に追いつかなくなり、苦肉の策で「直近に観たものから日にちを遡る」形式で書かれた回もありました。それでも結局、発行が「全評」に追いつきませんでした。これが完璧な「全評」で連載されていたら画期的だったなあ! その後に連載された「映画天狗道場」は読者からの質問や投稿で「論争」をするという面白い企画でした。ただ、「論争」を吹っかけてくる投稿がなかったりで、結局松田さんのひとり語りになった回もありましたが、それでもめげずに「私は私なりに、ヤンガージェネレーションとの断層を埋めていく所存である」と書いていたのが印象に残っています。双方向のコミュニケーションを構築しながらの批評活動というのは、やはり活動家だったからか、他の評論家とは違うスタンスだったなあ。

もう一つ、僕が毎月買っていた情報誌の「シティロード」に、封切映画の「星取表」があって、今野雄二さんや宇田川幸洋さんといった人たちと松田さんも名前を並べていました。(あと、襟川クロさんなんかもいたかなあ。うろ覚えですが)僕は松田さんのつけた採点(星5つが最高点でした)と短評を真っ先に見たものでした。「党派性」というブレない核がありながら、いや、あったからこそ硬軟とり混ぜて分かりやすく読ませてくれました。

あと、松田さんは僕と同じ私鉄を利用して降りる駅が一緒だったので、何度も電車内でお見かけしたことがありました。たいてい読書されていました。ある日、隣の座席になったので、何読んでいるのだろう?とチラッと横目で見たら、清水義範さんの「国語入試問題必勝法」でした。難しい思想の本でも読んでいるのかと思ったら、柔らかい本だったので意外に思い、よく覚えています。

映画についてずいぶん多くのことを読ませていただきました。松田政男さんのご冥福を心よりお祈りいたします。 (ジャッピー!編集長)

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