松田政男さんの著書で僕が愛読していたのが、「日付のある映画論 松田政男のシネ・ダイアリー」(ブロンズ社)です。「日刊ゲンダイ」に「政」の署名で連載していた映画時評をまとめたもので、19761977年あたりの映画(邦画、洋画とり混ぜて)を切れ味よく評しています。

この「ブロンズ社」という出版社名、賢明な読者諸兄には気づかれる方も多いでしょう。「傍役グラフィティ 現代アメリカ映画傍役事典」(川本三郎さん、真淵哲さん編著)、「女優グラフィティ」(川本三郎さん、小藤田千栄子さん編著)、「スキ・スキ・バン・バン 映画ディテール小事典」(川本三郎さん、小藤田千栄子さん編著)これらを発行した出版社です。この3冊は、映画好きなら思わず頷いたりニンマリしたりすること請け合いの本です。僕も大事に持っていて今でもたびたび読んでいます。(どのページから読んでも楽しめるのがいいのです) 

松田政男さんは「女優グラフィティ」に参加していて、「まえがき」で川本さんが「この十年間おそらく日本の映画評論家の中でもっともたくさんの映画を観ている松田政男氏にゲスト・ライターとして特別出演していただいている」と書いています。ひとつ前の当ブログで書いたように、僕も松田政男さんの映画鑑賞の膨大な量、守備範囲の広さには驚かされましたが、川本さんをしてこう言わしめるのですからいかにすごいかが分かります。

松田政男さんと川本三郎さんの出会いは1970年代初め。朝日の記者だった川本さんは「週刊朝日」の編集部にいたときに、学生活動家を名乗るKという青年を取材、信頼関係を築きます。ところが、朝霞基地で自衛官が刺殺された事件を起こしたというKに関わったということで「証拠隠滅」「逃走援助」の罪に問われ逮捕、朝日新聞社を懲戒解雇されてしまいます。このことについては、川本三郎さんの著書「マイ・バック・ページ ある60年代の物語」(河出書房新社)に詳しく書かれていますし、映画にもなりました。妻夫木聡さんと松山ケンイチさんが主演した『マイ・バック・ページ』(2011 山下敦弘監督)です。
クビになって不遇をかこっていた川本さんに当時、「映画批評」という雑誌の編集責任者だった松田政男さんが声をかけ、毎号、長文の映画批評を依頼したのです。そのとき、松田さんは「長い文章を書かなければダメだ」と、毎回
400字詰で30枚は書くよう、叱咤激励したそうです。川本さんは「とにかく30枚書きあげ、内容が悪くても活字にしてくれた」1年は、自分の修業時代だったと回想しています。松田さんの誘いと叱咤が、映画評論家としての川本三郎さんを誕生させたのです。

こうして川本さんが映画評論家の地位を確立したあと、1974年、今度は松田政男さんが日本赤軍との関係でフランスから国外追放されるハメになります。日本に帰国したあとも公安に張り付かれたそうですが、そんな時期に川本さんが編者をつとめた「女優グラフィティ」に執筆を依頼されたのです。このときのことを、松田さんは「多大な恩恵を蒙る」と感謝しています。そして、川本さんが仲介して、この「女優グラフィティ」を出していた「ブロンズ社」から「日付のある映画論 松田政男のシネ・ダイアリー」が発行されたのです。

お互いの不遇のときに声をかけ、文章を発表する場を提供しあったのです。なかなか良い話と思いませんか。苦境にあるとき、気にしてもらえることは真の友情といえますね。  (ジャッピー!編集長)

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