コザ騒動イラスト
 暴動や騒動は何も扇動する者がいなくても、潜在する市民の不満のマグマの自然発生的噴出で起きることが
あります。
 昭和45年12月20日の夜の沖縄コザ市(現沖縄市)の中心部でこれが起きました。本土復帰前です。
米軍関係者が引き起こした交通事故(沖縄市民と接触事故程度)がきっかけです。
事故が起きて市民が集まったところに駆けつけた米軍MP(憲兵)が放った威嚇の発砲がまったくの逆効果。
火に油をそそぎました。ひるむどころか、かえって逆上した沖縄青年達はこのMPを殴り飛ばしました。
 彼らは琉球空手の素養もありますし、日頃からベトナム行で荒れた米兵との喧嘩も日常茶飯ですので心得たるところでした。
 さらに、行き交う米軍関係の車を次々止めて、ひっくり返したり、火をはなったりは約80台。
 伏線はありました。戦後占領下で米軍関係者が沖縄市民をひき殺しても度々無罪になったり、こっそり毒ガスを持ち込んでいたりで、これらが不満のマグマだったのです。
 結局一晩でこの騒動は治まりました。市民の怪我人は一人もいませんでした。殴られたMPのみ、たぶんは頬を腫らしたことでしょう。
 何年か前に沖縄を訪れたときに乗ったタクシーの運転手さん(確か知念さんという方だったか)が、この
「コザ騒動」におっとり刀で駆けつけたと話していました。当時の若者同志が「コザへ行こう!」と声をかけあったそうです。
 ネット情報はいろいろあります。ご興味がある方は御検索を。

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