鉄道掘1
 この写真は勿論,筏が一面に浮いている木場の堀です。今はありません。
 ここに写る丸太は主に何になるとお思いでしょうか。家の柱や電柱ではありません。
枕木になりました。鉄道の線路の下に敷くアレです。この堀は国鉄(現JR)の所有でした。資材のストック場所を持っていたのです。よって、人はこの堀を「鉄道堀」と呼んでいました。
 関取の高見山と笹川良一さんも「どんじゃら用心、火の用心」と叫びながらこの堀の脇を練り歩きました。日本船舶振興会(現日本財団)CMでです。
 今はこの堀は埋まり木場三丁目公団住宅がそびえています。ちょっと離れた両国の花火も眺められるでしょう。
鉄道掘2
 こういった堀はあまた木場にありました。縦横に走る堀川からさらに水(たぶん汽水)を引きこんで大小の四角い堀がこしらえられました。名前がありました。武市堀とか個人の名前がついた場合やまたは特徴をあらわす名前がありました。日本通運が持っている堀は「日通堀」。荷物の梱包材もかつては木が使われました。「軍艦堀」は海軍。艦船の甲板用です。「金魚堀」はかつて金魚養殖堀が転用された堀。などなど、見た目はほぼ同じでも、ちょっと名前に個性がありました。
 今、これらの堀は埋まって、公園やらマンションになっています。深川界隈のマンションにお住みのかた、ひょっとしてそこは、かつての堀だったかも。
 ちなみに深川警察のところも堀でした。
私めはネット社会のおいてけ堀にならないように努めます。
みなさん、どうぞ御コメントを「おいてけー」。 

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