内藤洋子さんは15歳のとき、「赤ひげ」(1965 黒澤明監督)でデビューimages (2)
以来、東宝の青春アイドル女優として活躍します。「お嫁においで」(1966 本多猪四郎監督)はタイトルからわかるように加山雄三のヒット曲を基に作られた作品で、脚本は松山善三です。ダウンロード (1)
父親が経営する造船会社で働く加山が、偶然出会ったウエイトレスの沢井桂子に恋をする。なかなか上手いきっかけがつかめない加山を応援するのが内藤洋子扮する妹です。沢井に惚れている黒沢年男の運転するタクシーに乗車、長距離で引っ張りまわし、そのすきに加山と沢井を会わせるなど奮闘します。しかし、その甲斐なく、加山はフラれてしまいます。当時、人気絶頂の「若大将」シリーズ(1961~1971)では考えられない意外な結末は、セレブよりも庶民に寄り添う松山善三ならではですね。松山善三ならではといえば、この映画で加山は妹・内藤のことを「おい、デコスケ」と呼ぶのです。もちろん、内藤の広いおでこにあてているのですが、松山の妻・高峰秀子の愛称・デコも意識しているのでしょう。
以後、他の映画でも「デコスケ」という呼び名が使われ定着します。同じく加山の妹を演じた「兄貴の恋人」(1968 森谷司郎監督)では、加山が飼っているインコに「デコスケ」を覚えこませようとするシーンから始まります。他にも「育ちざかり」(1967 森谷司郎監督)で家族に「デコスケ」と呼ばれ、姉・秀子を演じた村松英子を「大デコ」、内藤洋子が「小デコ」とまで。この作品から「年ごろ」(1968 出目昌伸監督)、「娘ざかり」(1969 松森健監督)と続き、それぞれ別個の作品ながら、内藤洋子の役名は「陽子」、村松英子は「秀子」という名の姉役と共通していて「陽子三部作」と呼ばれています。「デコスケ」というニックネームをいくつもの作品で使い、東宝が内藤洋子の親しみやすい妹キャラのイメージを大切に育てようとしていたのがわかります。内藤さんは1971年、21歳で結婚、あっさり女優を引退。その笑顔をファンの胸に永遠に刻み付けました。現在は絵本作家として活躍しています。  (ジャッピー!編集長)
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