ノーベル賞の発表が始まりました。さっそく、東京工業大学の大隅良典栄誉教授が医学生理学賞を受賞されました。40年もコツコツと研究されたことが評価されたという嬉しいニュースです。ノーベル賞といえば、僕が小学校の頃に川端康成が文学賞を授与された記憶があります。川端氏は3人目で、それまでは教科書にも湯川秀樹、朝永振一郎のお二人しか載ってなかったのです。ここ最近は当たり前のように日本人が受賞しています。
ノーベルという人はダイナマイトを発明したことで知られています。ダイナマイトといえば、小林旭さんです。旭さんがマイト・ガイと呼ばれるようになったのは、1958年(昭和33年)にリリースした第2弾シングル「ダイナマイトが百五十屯」というレコードのヒットによります。ちょうど、ロカビリーがブームの時代、水原弘さんや坂本九さんがステージ・デビューを果たした年です。日活で先行していた石原裕次郎の唄う「狂った果実」や「錆びたナイフ」とは違うテイスト。慶應ボーイで有名作家の弟というサラブレッド的登場の裕次郎に対して、もっと野性的で荒々しいイメージを定着させたかったのでしょう。「♪カラスの野郎 どいていな  とんびの間抜けめ 気をつけろ 癪なこの世のカンシャク玉だ ダイナマイトがよー ダイナマイトが百五十屯 畜生 恋なんて ぶっ飛ばせ」 という歌詞、どうです、実にロックンロールしてるでしょう! のちに甲斐バンドが歌詞を変えて、「♪とっぽい野郎 どいていな すかした間抜けめ 気をつけろ ~」カヴァーしています。(1981 アルバム「破れたハートを売り物に」所収)
この曲がヒットしたので、翌年4月、主演作「二連銃の鉄」(1959 阿部豊監督)の挿入歌として使われ、さらに7月「爆薬に火をつけろ」(1959 蔵原惟繕監督)という作品が矢継ぎ早に公開されます。このタイトルの「爆薬」に「ダイナマイト」とルビがふられ、ポスターには「おいらは男だ! 嵐に仁王立つマイト・ガイ・アキラ!!」と惹句が踊ってますから、この映画でマイト・ガイという呼称が定着したと思われます。ちなみにこの「爆薬(ダイナマイト)に火をつけろ」には同タイトルの主題歌があり、「ダイナマイトが百五十屯」は流れません。
そして8月には「渡り鳥」シリーズの原型となった「南国土佐を後にして」(1959 斎藤武市監督)が興行的に成功、続いて9月に「二階堂卓也 銀座無頼帖 銀座旋風児」(1959 野口博志監督)が登場、タイトルの「旋風児」に「マイト・ガイ」とルビをふり、ついにその主題歌の歌詞に「マイト・ガイ」が歌い込まれるのでした。「♪風が呼んでる マイト・ガイ ~」これも名曲です。とにかく、この1959年の旭さんの勢いは凄まじく、10月に渡り鳥シリーズ第1作「ギターを持った渡り鳥」(1959 斎藤武市監督)、11月の「波止場の無法者」(1959 斎藤武市監督)をはさんで、12月に早くも2作目「二階堂卓也 銀座無頼帖 銀座旋風児 黒幕は誰だ」(1959 野口博志監督)、翌年1月の正月映画に渡り鳥シリーズ2作目「口笛が流れる港町」(1960 斎藤武市監督)……まさにダイナマイト級の活躍です。
タフ・ガイ=石原裕次郎、ダンプ・ガイ=二谷英明、エースのジョー=宍戸錠、トニー=赤木圭一郎(由来はトニー・カーティスに似ているから)など、日活のローテーションを守った他のスターにも、ニックネームはありましたが、主演作のタイトルにまでなったのはマイト・ガイだけです。  (ジャッピー!編集長)
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