奇しくも同年同月にこの世を去った2大スター、健さんと文太さん。今年は三回忌です。
池袋・新文芸坐の開館記念日は12月12日(小津安二郎監督の誕生日&命日と同じ)なんですが、2年前のその日の上映作品は、「新幹線大爆破」(1975 佐藤純彌監督)と「太陽を盗んだ男」(1979 長谷川和彦監督)の2本立て。開館記念日特別企画「友の会会員が選んだサスペンス・ミステリー映画」というプログラムでしたが、何とこれは、健さん、文太さんが亡くなる前に決定していたのです! たしか10月の終わりか11月はじめには発表されていて、そのあと健さんの訃報、文太さんの訃報が相次いだのです。何という偶然か、その開館記念日のプログラムは図らずもお二人の追悼上映となってしまったのです! その日、仕事の帰りに新文芸坐に行ってみると、平日にもかかわらず、お客さんが階段(新文芸坐は3階にある)にずーっと並んで外にまで列がはみ出る大混雑。場内もお客さんの熱気がすごくて、そもそもファンの投票によるプログラムですし、来場された方は大きなスクリーンに映るお二人の姿を堪能されたと思います。
さて、そんな2本の映画ですが、実は健さんと文太さんが入れ替わっていた可能性があるのです! 「新幹線大爆破」の健さんの役は当初、文太さんがキャスティングされていたのですが、文太さんは「これじゃ新幹線が主役の映画だな」と難色を示し、断ったのだそうです。一方、「太陽を盗んだ男」のジュリーを追い詰める刑事の役は、はじめ健さんにオファーしたと長谷川監督が述懐しています。何でも、共同脚本のレナード・シュレイダーが、健さん出演の「ザ・ヤクザ」(1974 シドニー・ポラック監督)の原作者(脚本は弟のポール・シュレイダー)だったこともあり、健さんを推薦、長谷川監督は健さんに4時間もかけて出演交渉をしたのですが、健さんは「原爆を作る方をやらせてくれないか」と、刑事ではなく、ジュリーの演じた役の方を希望したのだそうです。長谷川監督の「健さんがやると理由とか大義がある役になってしまう。これはもっとちゃらんぽらんなヤツの理由なき犯罪なのだ」という意図もあり、実現しなかったのです。
もしも……お二人が最初のオファー通りに役を引き受けていたら、どんな映画になっていたか……。羽田空港で飛行機を無念そうに見上げる文太さん、ジュリーを抱えビルから飛び降りる健さん……映画ファンにとっては、そんなシーンを想像するのも面白いですね。     (ジャッピー!編集長)
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