ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

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芦川いづみさんの渾身の演技が感動的!『硝子のジョニー 野獣のように見えて』

当ブログ12月5日で取り上げた『あした晴れるか』(1960 中平康監督)は、現在開催中の池袋新文芸坐「芦川いづみ映画祭」で今日、上映です。日替わりプログラムなので今日一日しか上映しませんので、時間のある方はお出掛けください。本当に、こんなモダンでスピーディな洒落たコメディがあったのか!と思うはずです。そして眼鏡っ子の芦川いづみさんの様々な表情が本当に楽しめるのです。特に、石原裕次郎さん、西村晃さんと中華料理店に行き、ウソ泣きしたあと、こっそり舌をペロッと出すシーンの芦川さん、そのキュートな表情が忘れられません! 併映は『堂堂たる人生』(1961 牛原陽一監督)で、こちらの芦川さんも勝気でやり手の下町娘を演じて『あした晴れるか』の系譜の役ですし、純情可憐な芦川さんのアナザー・サイドを堪能できると思います。

そして、芦川いづみさんのまぎれもない代表作『硝子のジョニー 野獣のように見えて』(1962 蔵原惟繕監督)が明日、1210日に上映です。こちらは、一転、シリアスな人間ドラマです。芦川さんが演じるのは、少し知恵遅れの女の子「みふね」。北海道の何もないような貧しい村から売られていくところから始まります。タイトルバックで、この「売られていく」ため列車に乗せられているシーンの芦川さんの表情、ここを観ただけで「あ、これは名作だ!」と分かります。映像、演出に力が入っているのが伝わってくるのです。芦川さんも、あとで作品を観て、この冒頭で「自分でも泣いてしまった」ほどだったとおっしゃっています。もう完全に「みふね」に成りきっている感じなのです。

「みふね」は難役だけれど、「脚本をもらって即やります!」と答えた芦川さんは、家に帰るとき歩きながら「普段からみふねになれる」ようにイメージを膨らませていたそうです。それぐらい撮影前から役に入りこんでいたといいます。そして、撮影台本の上部には「みふね」の気持ちを「色分け」する工夫をして臨んでいたといいます。蔵原監督も、芦川さんに「今日のみふねは何色?」と訊いてきて「今日はブルーからグレイです」という風に答えたり、そのシーンのみふねの心のイメージを「色」で考えていたといいます。そのかいあって、撮影初日から、蔵原監督のイメージと芦川さんの演技がばっちりと合っていたといいます。

売られた「みふね」が逃げ出し、競輪の予想屋をやっている粗野なジョー(宍戸錠さん)と出会い、共に旅をすることになります。そこに「人買い」の男(アイ・ジョージさん)もからみ……。みふねとジョーのくだりは、フェリーニの名作『道』(1954 フェデリコ・フェリーニ監督)を思わせますが、あの名作にも劣らない映画であります。北海道の広大な風景をモノクロのシャープに捉えた映像が素晴らしく、そして何と言っても、芦川さんの渾身の演技が感動的です! ちなみに、芦川さんのご主人の藤竜也さんは、普段あまり過去の作品について感想言ったりしない方なのに、この作品については「頑張ったんだね」と芦川さんに言ったそうで、それも嬉しかったそうです。

まさに名作。是非、明日、新文芸坐の大きなスクリーンでご覧ください! (ジャッピー!編集長)

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追悼・中村哲さん 「イマジン」を聴きながら思う

今月4日の朝、アフガニスタンで支援活動をしていらした中村哲さんが銃撃を受けて亡くなりました。73歳の命を奪った暴力に怒りを禁じ得ません。医師の中村哲さんはもう35年以上にわたって各地で農業・医療支援をなさっている方です。アフガニスタンでは、アフガン紛争後に貧困層や難民のために無医村で医療活動を始め、干ばつが深刻化する現地で、用水路建設を立案し多くの人と農地に水をもたらしたことで知られています。そういう貢献をされた方が、こんな形で突然、死を迎えるというのはあまりに理不尽です。

人道支援こそ重要ということを行動で示した中村さんは、かつて海外のNGOのための自衛隊任務の拡大をすすめようとした首相・アベ晋ゾーに、「NGOを道具にしている。外交努力で不必要な敵を作らないことこそ内閣の責任だ」と苦言を呈したことがあります。また、中村さんは「憲法は我々の理想です。理想は守るものじゃない。実行すべきものです。この国は憲法を常にないがしろにしてきた。国益のためなら武力行使もやむなし、それが正常な国家だなどと政治家は言うが、私はこの国に言いたい。憲法を実行せよ、と」という言葉も残しています。

本当にそうだと思います。現実に合わせて「憲法」があるのではなく、「憲法」という理想に向けて、現実を変えようと努力することが大事なことではないでしょうか。今日、12月8日はジョン・レノンさんが亡くなった日です。やはり銃弾に倒れたレノンさんの「イマジン」を今、聴き返しています。その歌詞には「僕を夢想家だと思うかもしれない。だけど僕ひとりじゃないはずさ」とあります。中村哲さんも、かつてパキスタンに建った病院に、あえて対立する民族をスタッフに起用し、その開院式で「世界は闘争、対立、貧困に満ちている。だからこそ、この病院が平和と協調の場所となり、国境や民族を超えた人間共通の心を思い起こさせるよう祈ります」とスピーチをしています。「イマジン」に共通するものがありますね。

戦乱や貧困に苦しむ人々のために尽力された中村哲さんのご冥福を心よりお祈りいたします。  (ジャッピー!編集長)

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追悼・安部譲二さん 複雑な彼のベストセラー

今年の9月2日に、作家でタレントの安部譲二さんが亡くなりました。82歳です。そういえば、このところテレビや雑誌でお見かけしなかったなあと思いました。安部譲二さんといえば、1980年代半ばころに『塀の中の懲りない面々』がベストセラーになって、テレビにも盛んに出ていらっしゃいました。独特のダミ声で楽しく話していましたが、その目は笑っていてもやはり「ただ者じゃない」眼光を発していたように思います。

僕も当時、『塀の中の懲りない面々』を面白く読みました。安部譲二さんは子どもの頃は「神童」と言われ、名門・麻布中学時代には江戸川乱歩さんの雑誌に自作の小説を投稿していたといいますから、文才があったのでしょう。ただ、それが「官能小説」だったそうで、乱歩さんも呆れるほど、性的に成熟した中学生だったと言われています。おまけに安藤昇さんが率いていた「安藤組」に出入りしていたといいますから恐るべき早熟ぶりです。そんな素行なので「麻布高」に進学できず、留学しますがそこでも寮に女子を連れ込んで放校になったりで、まさに「破天荒」な10代を送ります。

帰国して慶應義塾高校に入るも、暴力団関係との付き合いは深まるばかりで、除籍となり、高校を転々とし、少年院に入ったこともあると読んだことがあります。そして、経歴を隠して、何と、「日本航空」に入社して客室乗務員としてしばらく働くのです。三島由紀夫さんが、この時期の安部譲二さんをモデルに『複雑な彼』という小説を書いています。僕は未読ですが、これを映画化した大映の『複雑な彼』(1966 島耕二監督)は観ています。安部譲二さんをモデルにしたスチュワードを田宮二郎さんが演じていて、どちらかというと恋愛ドラマという感じでした。田宮さん演じる譲二はさまざまな経験をした男で保釈中の身で航空会社に勤めていて、何か政界の黒幕だかに頼まれてアジア情勢を探っているような設定だった気がします。この辺は「前科を隠して」日航に入った実際の安部さんとは違いますね。(いや、表向きはそうだが、密命を受けて入社は本当かも)で、この譲二、とにかく行く先々でモテモテなのです。演じる田宮さんのキザな雰囲気もよく合っていました。譲二に本気で惚れた女性(高毬子さん)と結婚まで考えますが、背中に刺青も入っていてはマトモな幸せは築けない……と破局するのでした。

安部さんは、一時、三島由紀夫さんのボディーガードをしていた時期があるそうで、そこからこの小説が生まれたのでしょう。この作品の「譲二」を安部さんは後年、自身のペンネームにしたわけです。日航を退社後も、拳銃不法所持などで逮捕、服役を重ね、1970年代後半「府中刑務所」で過ごした経験を書いたのが『塀の中の懲りない面々』だったのです。そして、このベストセラーを映画化した『塀の中の懲りない面々』(1987 森﨑東監督)がまた良い映画でした!

いろいろ裏道も通って経験した興味深い話をユーモアを交えて書き、本やその映画化作品で楽しませてくれた安部譲二さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

(ジャッピー!編集長)

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「クリーム」を聴いていた頃、K君のこと

昨日の当ブログ「追悼・ジンジャー・ベイカーさん」の中で、僕は高校生時代「クリーム」をよく聴いていたという話を書きました。僕がある都立高校に入ってすぐの1学期に仲良くなったK君という友だちがエリック・クラプトンさんの熱烈なファンで、彼にすすめられて聴き始めたのでした。僕は「ビートルズ」から洋楽ロックに入った少年だったので、クラプトンさんがギターで「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」に客演していることや、クラプトンさんとジョージ・ハリソンさんが友だちだとか、そのジョージさんの奥さんのパティさんへの恋心を歌ったのが「いとしのレイラ」だとか、それぐらいは知っていましたが、それまで特に熱心にクラプトンさんを聴いていなかったのでした。「レッド・ツェッペリン」は「Ⅰ」と「Ⅱ」を聴いてぶっ飛んでいたので、ジミー・ペイジさんと並んで「三大ギタリスト」(言うまでもなくもう一人はジェフ・ベックさんです)と言われていたクラプトンさんを聴いてみようかなあと思っていたところでした。

その僕にK君は「クリーム」のアルバムを「これを聴けよ!」と貸してくれたのです。当時のことですから「カセットテープ」です。最初に貸してくれたのは「フレッシュ・クリーム」、裏面に「カラフル・クリーム」を録音したテープでした。そもそも、K君はレコードを買うと、最初にかけたときにカセットに入れ、以後はそのカセットを聴き続けるという人でした。レコードの「かけおろし」の音に拘っていたのと、レコードを大切にしていた(よく「すり減る」はど聴く、なんて言い方しましたよね)のだと思います。K君はちょっと神経質なところのある人でした。僕も人見知りな方だったので、入学後いつ、どういうきっかけで最初に話をしたのか、覚えていませんが、お互いロックが好きということで親しくなったのは間違いありません。

「クリーム」のカセットを貸してくれた翌日は、すぐに「どうだった? 良かっただろ?」ときいてきたものです。何か気の利いた感想を言おうと、けっこう聴きこんでかなり長く借りていたこともありました。2枚組の「クリームの素晴らしい世界」や「ライブ・クリーム」、「ライブ・クリームVol.2」、「グッバイ・クリーム」も続けて借りてずいぶん聴きました。(当時、「クリーム」のオリジナル・アルバムはここまででした。「BBCライヴ」とかはCDの時代になってから出たのでした)

3年間クラス替えのなかった高校だったのですが、そのK君は高校2年の夏休みのあと、2学期初日から学校に来なくなってしまいました。担任の先生にもK君はどうしたのか、訊きましたが「家庭訪問しても会えない」ということでした。今でいう「引きこもり」というものだったのでしょうか。僕も他の友人3人と一緒に市ヶ谷にあったK君の家を訪ねてみました。K君のお母さんに僕らが来たことを伝えてもらったのですが、K君は現れませんでした。その後も何度かK君の家を訪れましたが、結果はいつも同じで、K君のお母さんは申し訳なさそうな顔をするばかりでした。一度、「K君は部屋で音楽を聴いていますか?」ときいてみたら、毎日「クラシック音楽」を聴いているという意外なこたえが返ってきました。

K君は出席日数も足りず、3年生にはあがれず、2年生をもう一度やることになり下の学年の名簿に名前がありましたが、やはり一度も学校には来なかったようです。高校2年の1学期を最後に二度と会うことはありませんでした。彼がなぜ学校に来なくなったのか、エリック・クラプトンさんから、「クラシック」に変わったのもなぜか分からず、時は流れていきました。エリック・クラプトンさんも薬物やアルコール中毒になったり、幼い子どもを事故で失ったり、いろいろな波乱を乗り越えて音楽活動を続けています。K君は今、どうしているのか、あれからどんな人生を歩んだのか、あれだけ熱烈に聴いていたクラプトンさんをまた聴くようなことはあるのか。高校時代の1年ちょっと、人生のほんのわずかの時間で交差しただけですが元気でいてほしいなあと思います。「クリーム」から、個人的な思い出が蘇ってしまいました。

(ジャッピー!編集長)

 

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『街の灯』をモチーフにした『ドラムと恋と夢』

昨日の当ブログで書いたように、池袋の新文芸坐で12月5日より「芦川いづみ映画祭」が開催中です。僕のミューズ、芦川いづみさんを大きなスクリーンで観ようと今日も行きました。すると、ポスターに何と、芦川さんの直筆サインが! 「新文芸座さんへ 201912.6」と添えられていますから、今日、芦川さんが書いたものです。思わず、スタッフの方に「まさか、芦川さんが来たのでは……」と思わず前のめり気味に尋ねてしまいましたが、もちろん、芦川さんが新文芸坐にいらしたのではなく、日活経由で届けられたサインでしたが、何だか嬉しくなるのです。

さて、明日7日の「芦川いづみ映画祭」の上映作品は『ジャズ・オン・パレード1956年 裏町のお転婆娘』(1956 井上梅次監督)と『ドラムと恋と夢』(1956 吉村廉監督)の二本立てです。実は『ドラムと恋と夢』は、芦川さんは特別出演みたいなもので出番はごくわずかなのですが……。ヒロインは中原早苗さん。両親を亡くし、しばらくして眼が見えなくなってしまった女の子です。3万円で手術が受けられると、ようやく貯めたお金を持って上京しますが、悪い人に騙され持ち逃げされ一文無しになってしまいます。盲目の中原さんは絶望で死にたくなってしまいます。そんなとき、サーカスというか「見世物小屋」の口上が「“蛇男”に丸のみされると痛くないように死ねるよ」なんて言っているのを真に受けて訪ねます。「蛇男」の中に入っているのがフランキー堺さんで、中原さんを気にかけいろいろ話しかけます。しがない「蛇男」に入っているサーカス団員なのに、フランキーさんは「自分は作曲家で、指揮もするし、ドラムも叩けるんだ」とウソをつきます。目の見えない中原さんは「どんな人かしら?」と想像し、生きる望みを抱きます。

フランキーさんは「プロレスラーに勝ったら賞金30000円」という催しを知り、手術代を稼ごうと出場します。プロレスラーを演じるのは太っちょの市村俊幸さんで、フランキーさんはとても勝てそうにありませんが、仲間の木戸新太郎さんがフランキーさんのために「興奮剤」を買ってきて、これで勝たせようとします。ここで「興奮剤」と「睡眠薬」を間違えたりドタバタがあるのです……。と、ここまで書けば賢明な読者の皆さんにはもうお分かりですね。これはチャップリンの名作『街の灯』(1931 チャーリー・チャップリン監督)をモチーフにしています。盲目の少女のために奮闘するフランキーさんに笑えて、ちょっとホロっとさせられます。

日本人の好みに合うのでしょう、『街の灯』というのは実に多くの日本映画のモチーフになっていますね。他にも、香川京子さんが盲目のお姫様を演じた『かげろう笠』(1959 三隅研次監督)や、トニーこと赤木圭一郎さんの遺作『紅の拳銃』(1961 牛原陽一監督)では笹森礼子さんが盲目の女の子に扮していました。中でも、この『ドラムと恋と夢』は最も『街の灯』に近い、というかそのままといっていい作品です。さて、芦川いづみさんはどこに出てくるかというと、手術を終えた中原さんの包帯をとる看護婦さんの役で、女医の北原三枝さんとともにちょこっと登場します。出番はわずかですが、白衣姿がまぶしいです。  (ジャッピー!編集長)

 

 

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きたさん
1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
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昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
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