ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

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あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

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「スバル座」の閉館が残念でなりません

11日の当ブログで紹介した『ある町の高い煙突』(2019 松村克弥監督)を僕は「有楽町スバル座」で観ました。有楽町駅のすぐ前にある「有楽町ビル」の2階にあるこの老舗映画館も今年の10月に閉館と決まってしまいました。またひとつ、昭和の匂いがする居心地の良い場所が消えてしまいます。

「スバル座」は1946年の年末に「本邦初のロードショー劇場」という謳い文句で開館しました。1946年というと昭和21年ですから、戦争の傷跡があちこちに生々しく残っていた時代です。そんな頃ですから、戦後の新しい希望を象徴するような夢の映画館だったでしょう。今、スバル座のロビーにも、その頃の写真パネルが飾られています。高峰秀子さんなどが映っておられます。その頃、いち早くここで封切られた洋画を観るというのが最先端の贅沢だったゴージャスな劇場だったのです。

ただし、現在の「スバル座」は1966年(昭和41年)に開館したものです。というのは、火災で焼失してしまって復館したのです。それでビルの2階に入ったわけですが、長いソファが並ぶロビーとか、場内の天井の高さとか、昭和の映画館の佇まいです。座席もカップホルダーなんてものも付いていないし、前の席との間も狭いし、今どきのシネコンに比べれば快適度は低いかもしれませんが、現在、名画座中心の僕が最近もよく足を運ぶ数少ない封切館なのは、まさにそんなレトロ感に魅かれるからです。

まず、座席指定がないことが良いですね。最近のシネコンもミニシアターも受付で席を決めなきゃならないのが面倒くさく、何だかブロイラー気分にさせられてしまうのです。それが、ここ「スバル座」では全自由席、たいがい空いているから、入場してからゆっくり選んで好きな席に座れるし、途中で席を替えるのも自由なのです。

あと、最近ここで上映される作品が独特のものが多いというのも大きいです。シネコンで何館も上映される大作、ヒット作でもなく、かといってちょっとトガった個性的な単館系とも違う、ひっそりと公開される邦画作品(特に地方発の小品)がここでしか観れない場合が多く、大変助かるのです。例えば、昨年から今年にかけて、僕が「スバル座」で観た作品をちょっと思い出してみても、『きらきら眼鏡』(2018 犬童一利監督)、『輪違屋糸里~京女たちの幕末』(2018 加島幹也監督)、『おみおくり』(2018 伊藤秀裕監督)、『ばあちゃんロード』(2018 篠原哲雄監督)、『明日にかける橋 1989年の思い出』(2018 太田隆文監督)など……いずれもそこらのシネコンでは上映されなくて、このスバル座でないと観れない映画でした。

また、東京から徳島に会社を移転させるストーリーの『波乗りオフィスへようこそ』(2019 明石知幸監督)、

福井のローカル線を舞台にした『えちてつ物語~わたし帰ってきました』(2018 児玉宜久監督)、地方の農業などに焦点を当てた『種まく旅人』シリーズなど、地方発のローカル色豊かな映画を上映してくれた映画館でした。スバル座のおかげで、こういった地味だけど良質の作品が観れたのに……ここがなくなってしまったら、僕はどこでこうしたひっそりと公開される映画を観ればいいのかと絶望的な気持ちになってしまうのです。  (ジャッピー!編集長)


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今も昔も国策の名のもとに……『ある町の高い煙突』

 国際文化画報 日立の煙突の写真
ひとつ前の当ブログにありますように、明日BSフジで終戦74年特別番組『落語家たちの戦争~禁じられた噺と国策落語の謎~』が放送されます。ハピイ氏橋さんのイラストも登場するそうなので楽しみですね。
この番組のディレクターをつとめた松村克弥監督の新作映画を最近観ました。『ある町の高い煙突』(2019 松村克弥監督)です。新田次郎さんの原作を映画化したもので、実話に基づいています。舞台は茨城県久慈郡入四間。自然豊かな土地ですが、ここに「煙害」が発生します。時代は日露戦争、第一次世界大戦と日本がイケイケの頃、日立の銅鉱山が「国策」によって増産体制に入ります。休まず増産する過程で出る「煙」が山林、田畑が多大な被害を受けてしまいます。主人公の三郎(井手麻渡さん)は地主の息子で、勉学もでき外交官希望でしたが、進学を諦め、住民たちのため鉱山会社との交渉にあたります。
会社側はバックに「国」の命令があるから補償するから引っ込んでろという態度です。先祖から受け継いだ土地を台無しにされた農民からしたら、金で済む問題ではありません。住民たちを切り崩すために暗躍する螢雪次郎とか、まるで後年の「地上げ屋」です。劇中、たしか「小の虫を殺し、大の虫を生かすためだ」という科白が軍の担当者の口から発せられたと思います。いつの世も「国」の都合、戦争やそれによって潤う一部の層の経済が優先されてしまうのです。そこに住む者の暮らしや思いが圧殺されてしまうのです。特に、今まだ多くの人が戻れない事態を引き起こした「原発」のことを思い出さずにはいられません。
映画は、三郎、また企業側の渡辺大さん(何と渡辺謙さんに似ているのだろう!)や開業者の吉川晃司さんの理解、努力もあって高い煙突を作ることになります。亜硫酸ガスは高く排出すれば空気中で薄まり害がほとんど無くなるのです。そして困難を越えて住民たちも加わり、当時世界一の高さ(155メートル)の煙突を建造するのです。建設途中で事故があったり、このスペクタクル・シーンは見ごたえありました! 
三郎が渡辺大さんの妹と文通しているのを「企業側のスパイだろ」と疑われたり、「ムカデ煙突」の失敗もあったり紆余曲折あり、三郎も一時はあきらめかけますが、何とか達成するのです。「国策」の大義名分のもと、必死で抗い粘り強く戦った人がここにもいたのです。僕の知らない事実だったので、映画を観て良かったです。明日の『落語家たちの戦争~禁じられた噺と国策落語の謎~』では、どのような史実が紹介されるでしょうか。是非ご覧ください。 (ジャッピー!編集長)
ある町の高い煙突 プログラム



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吉行和子さん堂々主演!『雪子さんの足音』

本日8月9日は、長崎に原爆が投下された日です。8月7日のブログに書いたように「第8回新藤兼人平和映画祭」で吉行和子さんのトークショーがあったのですが、8月9日は吉行さんのお誕生日。しかし、「一度も祝ってもらったことがない」そうです。お母さまのあぐりさん(朝ドラ「あぐり」で描かれましたね)は「長崎に原爆が落とされた日ということしか言わなかった」そうです。直接被害に遭わなくても、その時代を生きた日本人にとって8月6日と9日は絶対忘れることのできない日として刻まれたわけです。今では、「何の日?」という若者も多くなってしまいました。

さて、吉行和子さんは昭和10年8月9日のお生まれですから、トークショー当日は83歳でしたが、とてもそんなお歳には見えません。やはり、現役バリバリだからでしょうか、口調もはっきりしていてお若い! 「この歳になっても仕事ができるというのは嬉しいですよ」とおっしゃる通り、最近では『東京家族』(2013 山田洋次監督)、同じキャストでシリーズ化された『家族はつらいよ』(2016 山田洋次監督)、『家族はつらいよ2』(2017 山田洋次監督)、『妻よ薔薇のように 家族はつらいよⅢ』(2018 山田洋次監督)と。毎年スクリーンに登場していますし、今年は主演作も公開されました! 

『雪子さんの足音』(2019 浜野佐知監督)です。地方大学に入学した男子が間借りするのですが、大家さんの老女(吉行和子さん)が面倒見が良いのを通り越して、だんだん過剰になっていき……という物語です。大学生は最初は「これも一種のバイトというか、おばあちゃんと理想の孫ごっこをしているというか……」と利用している節もありますが、じわじわと絡めとられていきます。演じるのが寛一郎さんで、NOと言えない優柔不断な性格ながらどこかに狡さもある青年をうまく演じていました。(お父さんの佐藤浩市さんも「友情出演」されています)もう一人、やはり下宿人で雪子さんと張り合う?女性を演じた菜葉菜さんも屈折した心理を見事に表現していました。

いない時に勝手に部屋に入りこみ掃除をするので、寛一郎さんがちょっと抗議すると、「あら、きっと妖精さんのしわざね」などと言う大家さん、そんなちょっと浮世離れした雪子さんを、吉行さんが嬉々として演じているように見えます。映画のあと、インタビュー記事を読んでみると、「年齢から行って年寄りの役しか出来ないのはいいのだけど、どうせなら、胸がざわつくような年寄りを演りたい。もの分かりがいい人は退屈ですからね」と密かに思っていて、浜野監督に「とんでもないバーサンが演りたい」と言ったのが実現したのだそうです。浜野監督とは『第七官界彷徨~尾崎翠を探して』(1998 浜野佐知監督)、『百合祭』(2001 浜野佐知監督)、『こほろぎ嬢』『百合祭』(2006 浜野佐知監督)などで出演して気心も知れているからでしょう、まさに吉行さんの希望通りの役でノッていたのですね。

トークショーでも、「この歳になって仕事ができるというのは嬉しいですよ。私も映画が大好きで、よく観に行くのですが、自分の人生だけでなくいろんな人生を知ることができるから」とおっしゃっていました。そういえば、5月に『雪子さんの足音』を観に行ったときに、観客に混じって吉行さんもいらしていたなあ。僕も歳とっても、歩いて元気に映画館通いをしていたいものです。(ジャッピー!編集長)


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『なつぞら』と東映・大川博社長

朝ドラ『なつぞら』の今週は、なつ(広瀬すずさん)が同僚だった坂場一久(中川大志さん)と結婚し、北海道に里帰りしました。一久は自分が手掛けたアニメ映画の不入りの責任をとり、会社(東洋動画)を辞めてしまったので、紆余曲折ありましたが無事結婚となりました。
その伏線として、東洋映画の新年会?で社長の大杉満(角野卓造さん)が社員を前に「大事なのは予算と期日を守ることだ!」みたいなことを厳命する場面がありました。これに対し、芸術家肌の一久は違和感を覚えたのでしょう。利益を第一に考える企業と、その中で自分ののぞむ表現をどう両立できるか悩んだことでしょう。
角野卓造さんが演じている「大杉満」とは、もちろん東映社長の「大川博」さんがモデルになっています。大川社長は元々「鉄道院」の役人で、戦後「東京急行電鉄」に入って経理畑を歩いた人です。「東急」の会長・五島慶太さんはずっと「東横映画」の赤字に悩み、立て直しに当時専務の大川さんを「東映」送りこんだのです。「東映」は「東横映画」「大泉映画」「東京映画配給」の3社が合併し発足した会社で、3社から成ったのをあらわし、あの「東映の三角マーク」になったのです。ところが、社員たちは「あのマークは死人が頭につける三角の布だよ。もう会社もお陀仏だぞ」と噂するほど業績不振だったのです。東映社長に就いたとき、机の上に当時で11億円!もの不渡り寸前の手形が積まれていたといいますから、そこに乗り込んで再生させた手腕はたしかにスゴイです。現場からは、「社長は映画が分かっていない」とか「シブチン」とか散々言われていたようですが、大川さんは自分に課せられた会社の財政再建のため、なりふり構わず緊縮財政を徹底したのです。有名な話ですが、美空ひばりさんとの契約に対し「あんな小娘に1000万円ものギャラが出せるか!」と言ったとか、極力ローコストで最大の利益をあげようとしたのです。大川さんにとっては、映画は芸術とか、文化というよりはあくまで
金を儲ける「商品」だったのですね。
ですから、朝ドラに描かれたように「予算、期日ファースト」を宣言するのも無理ありません。時代劇の隆盛で映画会社の興収トップに立つと、その勢いに乗って「第二東映」を発足させ、「日本映画界の収入の半分は東映がいただく!」と気炎を揚げます。とにかく利益をあげるため「増産、増産!」とイケイケの経営者だったのです。ドラマの中で、なつたちをテレビアニメ部に異動させるのも、アメリカを視察し、テレビ時代到来をいち早く視野に入れ「儲かる」と判断したのでしょう。
そんな大川さんですが、「野球」は愛していたようで、パ・リーグ発足時に初代会長に就いたり、「駒沢球場」での東映フライヤーズの試合はほとんど欠かさず観戦していたそうです。水原茂監督という大物監督を引っ張ってきてついに1962年に優勝、日本シリーズも制します。このとき、チョビ髭の大川さんが背番号100のユニホームを着て満面の笑みを浮かべてはしゃいでいたのが印象的です。(ジャッピー!編集長)
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追悼・高島忠夫さん まさに高島さんらしい役『愛の砂丘』

6月26日に俳優の高島忠夫さんが亡くなりました。88歳ですが、晩年は鬱病になられたり病気がちだったのでお苦しかったと思います。高島さんの愛称は「ボンちゃん」。テレビの司会などやるようになって、ゲストの方からも気軽に呼ばれていました。「ボンちゃん」とは関西でいう「ボンボン」から来ています。お祖父さんが大地主だった高島さんは本当に筋金入りのお坊ちゃまなので、そういった育ちの良さがどうやったって滲み出ます。奥様の寿美花代さんも「怒った顔なんか見たことない」というようなことを話しているのをテレビで観たことがあります。

そんなキャラクターの高島忠夫さんは1951年に「新東宝」のニューフェイス1期生として入社します。同期に天知茂さん、久保菜穂子さんなどがいます。のちにニヒルな屈折した役が多かった天知さんとは好対照、高島さんは純情で好青年というイメージを持ち続けました。やはり生まれ持った「育ちの良さ」「人の良さ」というのが大きかったのでしょう。悪い役の高島さんというのはちょっと記憶にありません。

まさに高島さんのマジメで優しい個性がそのまま活かされた映画が『愛の砂丘』(1953 青柳信雄監督)です。新東宝映画ですが、脚本は木下恵介さんですから松竹調のホームドラマです。辻堂が舞台で、ダンゴ屋を営む夫婦(坂本武さん&清川虹子さん)の息子夫婦が名古屋に転勤、空いた部屋を間借りすることになるのが会社の後輩・高島忠夫さんです。高島さんは病弱な父親(滝沢修さん)と二人暮らしですが、会社から帰っても遊びにも行かず、滝沢さんのためにおかゆを作ったり、よく面倒を見ています。そんな本当に優しい親孝行な息子に高島さんはまさに適役で強く印象に残っています。

高島さんは同じ電車で通勤する島崎雪子さんと知り合い、お互い惹かれあいます。しかし、島崎さんはエリートとの見合いをすすめられていて、しかもそれが弟の就職試験にも影響すると父親(三津田健さん)は大乗り気です。それを知った高島さん、自分は結核の父を抱えているし一介のサラリーマンだからと諦めようとします。三津田さんは、高島さんのことを「いい青年だが結婚は難しいだろうね。給料も安いだろうしあんな病気の父親を抱えていては……」などと言います。初めから娘の結婚相手とは見ていないのです。しかし、三津田さんの妻(田村秋子さん)は実はかつて滝沢さんと恋仲だったのですが滝沢さんの家が破産して結婚できなかった過去があるので、娘にはそんな思いをしてほしくないと島崎さんを応援します。島崎さんも愛を貫き、ハッピーエンドとなります。湘南の砂浜で島崎さんが高島さんに「あの人(エリート)が幸せにする女の人は他にいくらでもいるわ。でも、あなたが幸せにできるのは私しかいないの」と言います。この愛の言葉の美しさは忘れられません。この抒情、まさしく木下恵介さん調であります! ちょっと気は弱いけど優しい性格の青年にピッタリで、高島忠夫さん、松竹に入社していたら木下映画の常連になっていたかもしれません。
新東宝から東宝へ移り、ミュージカルやテレビ番組の司会と幅広いフィールドで活躍され、楽しませてくれた高島忠夫さんのご冥福を心よりお祈りいたします。  (ジャッピー!編集長)

 


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1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
ハピイ氏橋
昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
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