ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

あの日の出来事&街角&イベント&風俗

起て植えたる者よ

 復興ポスター
 3・11震災の後に描きました。架空の映画ポスターですが勿論、復興の願いを込めました。
 ちょいと色っぽくしました。
 かなり古い映画ですが戦後間もないころのイタリア映画「苦い米」をちょいと模倣しました。
名作ですが主演女優のシルバーナ・マンガーノの短パンからあふれる太ももも話題になりました。
 さて、3・11の少し前に新宿のとあるキャバクラにいきました。自主行動ではありません。
キャバクラ愛好家の同級生の友人MとHに強引にひかれて善光寺般若湯です。
 ホステスさんに宮城の出身の女性がいました。会話するところ、自分は農家の長女で田畑を
継がなければならないと。いかにすべきと。
 私、「田畑は子々孫々まで実りをうむ凄い財産です。早く新宿をでて大いに耕したら。売っちゃたら
それっきりで一時の金は入るがそれっきりあとは何も残らない。」なんて返したりしていました。
 3・11がしばらくしておこりました。
 ちょっと、そのホステスさんが宮城のそれも海にすこし近いところだと話していたので、ちょい
気になっておりました。
 で、Hに聞きました。答えるに
  「あーあの娘(こ)ね。実家も大丈夫だったみたい。なによりも今やお店のNO1だぜ!」
 とまた行くかみたいなHのしたり顔がそこにありました。
 さらに、例の田畑の会話の話をするとHは
 「おまえさん、まったくべたな説教を女の子にたれやがって。ははは無粋の極みだよ」と。
 はい、そのとおり無粋です。キャバクラはのぞきませんよ。お金もないし。
 まあ、かくなることで、そのイメージを絵にするだけなのです。
                                  (ハピイ氏橋)
                               
 
 
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ステゴロ NO1 花形敬

花形敬 イラスト
  ステゴロとは言うまでもなく 道具を使わない素手での喧嘩のことです。
戦後、ステゴロで一番強いといわれた愚連隊やくざがいました。花形 敬さんです。
世田谷生まれの比較的裕福な家庭に育ちましたが戦後の混乱の中でグレました。
その当時、東京中の中学の番長クラスが集まるといわれた国士館高校で番を張っていました。
スポーツも万能で、特にラグビーに卓越し、あの明治のラグビーの北島御大が明大に引っ張りました。
しかし、安藤昇さんの東興行(安藤組)の主要メンバーとなり渋谷界隈でにらみをきかせました。
 あの力道山も花形さんをさけたそうです。
 詳しくは 朝日新聞の記者だった本田靖春氏著「疵」を。
 そして、映像もありました。映画館で上映されたのニュース映画を製作していた「日本映画新社」が
撮っていました。
 撮影場所はなんと渋谷警察所内の一室です。連行された花形さんが記者たちインタビュウーをうけているところです。
 「逮捕状も見てねえのに引っ張られたんだよ!」と不満気な様子です。
 署内でのインタビュウ映像なんぞ今じゃ絶対にありえませんところの貴重な映像です。
 体格も良く、顔にも鬼気迫る迫力がありました。 昭和33年7月です。
 おそらく、安藤組横井英樹(後のホテルニュージャパン社長)襲撃事件のからみで逮捕されたのでしょう。
 花形さんは安藤昇さんが服役している最中に、組長を代行していましたが、昭和38年ころ刺殺されてしまいます。 安藤さんの身代わりような感じです。
 こちらの世界も激しくも生々しく人の匂いを感じられた時代でした。
                                        (ハピイ氏橋)



 
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都会に隣接していた大マングローブ

浦安大三角写真

    50数年以上前の航空写真です。さて、いずこでしょうか。
 東京湾にそそぐ江戸川河口です。
 江戸川をはさんで左側が東京都江戸川区葛西で、右側が千葉県南葛飾群浦安町(当時)です。
 注目すべきは、河口を二股に分ける三角州です。
 浦安の漁民はここを「大三角」と呼んでいました。 その干潟に葦やらマコモなどの汽水域に群生する植物が
広大に群生していました。さながら熱帯亜熱帯のマングローブ林のようです。 スズキ、ハゼ、キス、浅蜊、青柳、蛤、海苔など魚介類もふんだんに取れる豊穣の海でした。 葦は農家のヨシ葺き屋根にも利用されました。
 この河口両岸一体は半農半漁な地域だったのです。海幸の大王国です。
 今、この「大三角」はどうなっているでしょうか。
 ネズミの大国、失敬、東京ディズニーランドになっています。一帯をそっくり呑み込むように。
 約50年前に始まった埋め立ての変遷は以下の写真です。
 浦安大三角2

 
   浦安大三角3
   (写真は単行本「浦安の大挑戦」(日新報道刊)より)
  たしかに50年近く前から「いずれ東洋一の遊園地が浦安にできるぞ」という話はありました。
 しかし、埋め立てがはじまったとはいえ、まだまだ牧歌的漁村然とした色合いが強い当時の浦安からは
それは絵空事にしか思えませんでした。
 20年近くたってやってきたのは、この埋め立て開始の時分に物故したウオルト・デイズニーの魂の具現物でした。
 浦安とデイズニー・・・今もって摩訶不思議な組み合わせです。ファンタステイックかな。
埋め立て前の浦安の様子は東宝映画「あおべか物語」(昭和37年、川島雄三監督、原作 山本周五郎)
でとくと人の目線でご覧になれます。くわしくはジャッピー編集長にまかせます。
 さて、「3.11」でこの埋め立て地帯は広範にわたって液状化しました。
 ちょいと、下ネタっぽく、くくります。
 やはり元は三角州です。人間もその三角地帯は液状化しやすいのです。潮を吹き出します。
                                                  (ハピイ氏橋)
                                        
 浦安大三角

夜のひおしがりイラスト

 
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昭和24年職業婦人ふたり

職業婦人ふたり
 戦後もっとも逞しかったのは、けだし女の人でしょう。
赤鬼毛唐強姦魔とデマかされいても、いち早く進駐軍兵士にとりいったのは大和なでしこです。
戦時中英語を全く教わってなくても、それをすぐ体得しました。
もちろん生きるためということはあるというものの、進取の精神、新種への興味は女性のほうが
断然あります。本能でしょう。
 さて、職業面でも硬軟奮闘します。
 硬では婦人警官です。
 戦前「おい、こら」の物言いを揶揄されたお巡りさんを一転、女性も務めるのです。
 軟では額縁ストリップです。新宿の丸井のところに帝都座という劇場がありました。
 そこでは額縁の枠のなかで微動たりともせぬ裸体の女性がありんす。あまたのギラギラした目線ありしも。
 ストリップも当初は静止しているというのがお達しだったのです。
 しかるにすぐにそれも、ほどけるのです。
戦後復興へのアマノウズメノミコとなったのです。
                    (ハピイ氏橋)

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昭和の粛清選挙

 「他の候補は1票10円で有権者を買収する卑劣な手段をとっているが、私は違う!
私なら1票15円差し上げます」
 これは、昭和のごく初期の選挙候補者の演説です。
 ここまで腐敗したというか、腐敗があたりまえになりました。
大正末頃からの政党出身者が首相になる政党政治の結果です。
政党が国家官僚以上に権限を持ち、汚職、賄賂が政治にはびこりました。
 さすがに、これには、昭和恐慌に苦しむ民衆そして軍部の反発をかいました。
そこで、内務官僚あがりの内務大臣後藤文夫が音頭をとって、全国に粛清選挙運動を展開します。
全国の各集落単位で「懇談会」を開き、清く正しい選挙の啓蒙活動をしたのです。
昭和粛清選挙
 結果、昭和11年12年の選挙は「粛清選挙」と呼ばれ、政党も大いに協力しました。
しかし選挙自体面白味に欠けてきて、盛り上がらず投票率も下がりました。しかも政党人の再選が目立ち
代り映えがしなかったそうです。
 やがて、日中戦争の泥沼に入っていく中、国家総動員法の可決をめぐり政党が内部分裂します。
軍部が逆に政党を追い込んでいきます。
 とどのつまり、政党はすべて解散し、「大政翼賛会」が発足し、それに取り込まれます。
ほば1党です。
 以降選挙は「翼賛選挙」と呼ばれました。会が議員を推薦するのです。
政府の政策に同調する候補者が推薦されます。選ばれた議員の8割が推薦候補でした。
こうして挙国一致へと向かうのです。
 こんな流れがあったということを振り返るに値する今の世の流れかもしれません。


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きたさん
1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
ハピイ氏橋
昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
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