ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

伝説の映画館の記憶「世界一と言われた映画館」

昨日の当ブログで書いたように、僕の行きつけの喫茶店「ハイマート」の閉店から「新宿昭和館」のことを思い出してしまったのですが、映画黄金時代に満員のお客さんが詰めかけた「新宿昭和館」の佇まい、まさにその館名どおり「昭和」の香りがしました。
そんな「昭和」の街の映画館をテーマにした映画を観ました。「世界一と言われた映画館」(2017 佐藤広一監督)です。山形県酒田市にかつてあった「グリーンハウス」という映画館をめぐるドキュメンタリー映画です。昨年亡くなった大杉漣さんがナレーションをつとめていて、味のある語りを聞かせてくれます。
タイトルはこの「グリーンハウス」を訪れた淀川長治さんが「世界の映画館を回ったけれど、素晴らしい映画館の3つの中のひとつ」に選んだということからつけられています。それほどの賛辞をおくられた「グリーンハウス」は、元々は酒蔵を改装したダンスホールで、そのインテリアも活用しつつ映画館に再改装したので贅をつくした作りで、県民の方々にとっては特別な場所だったのです。支配人の佐藤久一さんという方が大変努力されて様々なサービス、工夫をしていたことが周辺の人たちの証言で綴られます。例えば、開映はけたたましいベル音じゃなく、グレンミラー・オーケストラの「ムーンライト・セレナーデ」をかけるとか、スクリーン前のステージ部分には「生花」を飾りなど手間を惜しみません。2階にはソファで観れる「シネサロン」という名画座を増築、ロビーにはバー・カウンター、モギリのすぐ横ではコーヒー・ショップを作るなど、アイデアを発揮します。当時、通っていた人たちが「あの珈琲の香り、映画とともに記憶に残っている」と口を揃えていますし、「山形を離れ上京しても「ムーンライト・セレナーデ」を聴くと映画のことを思い出す」という証言もありました。いかに「映画館」に来ることが習慣となり大切な思い出になっているかが分かります。
感心したのは、チケット売り場のガラス仕切りを取っ払ったというエピソードです。そこでお客さんが「どういう内容?」「面白い?」とか「汽車の時間に間に合うかな?」と売り場の方とちょっとしたコミュニケーションがとれるようにです。ああ、いいなあと思います。今や、シネコンでは自動券売機で「席を指定」したりですが、何だか味気ないし、僕は手間取ってしまうので苦手です……。
無料で配布していた「グリーンイヤーズ」というパンフレット(かつて「銀座並木座」にも同じようなものがあったのを思い出しました)や半券を保存し、「アラン・ドロン、マックイーン、007のシリーズ……」とここで観た映画の思い出を語る女性の夢見るような表情。ここに通い詰めて映画好きになり、後年「映画サークル」を結成し、「グリーンハウス」が無くなったあとも公民館やホールで上映会を開く活動をしていた男性など、確実にそれぞれの人生を彩り、地平を広げていったのです。当時の人たちにとっては、「グリーンハウス」に行くことは、「映画」を中心にいろいろな「文化」に触れる機会であり、「映画館」自体がひとつの「街」を形成していたのだと思いました。 
また、僕がこの映画を観たのが有楽町「スバル座」で、ここも昭和仕様の封切館なのでまた感慨もひとしおでありました。  (ジャッピー!編集長)
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みんな何処に行ってしまうのだろうか

昨日の当ブログで、この1月15日に閉店してしまった池袋の喫茶店「ハイマート」への哀惜と感謝を書きました。昨日も書いたように、ひとつの店に通いつめる性質(たち)の僕はこれから何処で映画を反芻すればいいのだろう……と途方に暮れています。「スターバックス」とかではどうしても落ち着かないのです。何とかマキアートだか、フランペーノだか知らないが気取ってるんじゃないぜ。コーヒー1つ頼んだってショートとかトールとか、しゃらくさい。「映画」と「喫茶店」がセットになっている僕にとっては、「映画館」とともに昭和の街に欠かせない「喫茶店」が「シネコン」と「カフェ」に駆逐される構図が重なります。
「ハイマート」は池袋という土地柄、風俗店関係者とスカウトされた女の子の面接や、最近では近くに「乙女ロード」もあったりでアニメオタクの女の子たちが収穫を披露しあう場面も多くなりました。その一方、昔からいつも目にする常連客?も何人もいました。匿名性というか、ひとりになる空間でもあるのが「喫茶店」ですから、もちろん、どういう来歴の人かは知らないし、声をかけたこともありません。が、同じ空間で人生のひとときを交差した縁も感じますし、あ、あの人いつもの席に座ってると見ると何だか安心したり。いつも、新聞のパズルを黙々と解いている方、窓際の席でずっと外を眺めている人、スポーツ新聞を広げて競馬の検討に没頭している人……多くは中年より上の年代で、それぞれがこの店でのルーティンを持ち、いつも同じ時間を繰り返していたのでしょう。それぞれがそれぞれの孤独や屈託を抱え、この店にやって来て、時の止まったような空間に身をゆだねる……。僕もそのひとりだったわけですが、そんな彼らがこの店が無くなったあと、どこに居場所を見出していくのかと思ってしまうのです。これは、昔、「新宿昭和館」が閉館するときに感じた思いと同じです。あの古びた映画館に集まって任侠映画を観続けていた方たちはその後、どこに行ってしまったのだろう? 
今、閉店し、がらーんとした元「ハイマート」の空間にはきっと昭和30年以来のそこに通った人たちの体臭や想いがきっと充満していると思うのです。何十年分の濃密な目に見えない「気」のようなものが漂っていることでしょう。 (ジャッピー!編集長)
 新宿昭和館イラスト1995

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ありがとう、池袋の喫茶店「ハイマート」

僕は今、「ハイマート」ロスなのです。何のことか分からない方がほとんどと思いますので説明します。「ハイマート」というのは、池袋東口にあった喫茶店で、今週の15日(火)に閉店となってしまったのです。
この「ハイマート」は、東口から歩いて3分ほど、三越の裏手にあるビルの2階にある大箱の喫茶店です。今、「三越」と言いましたが、この老舗デパートも無くなり今や「ヤマダ電機」となっています。ここは今どきコーヒーが340円!というリーズナブルな値段でもあり、僕は本当によく来ておりました。僕の場合、映画の上映まで時間があるときや、観終わって映画を思い返したり余韻に浸ったり……。特に、「文芸坐」が近くにあるので、朝一番の回から観るときなどは、ここで「モーニング」を食べてから行くということもよくあったなあ。その「モーニング」、いくつか種類がありましたが、僕が食べていたAセットは、トースト、サラダ、飲み物(コーヒーOR紅茶)、オレンジジュース、ポテトチップ少々というセットで400円。これも安かった! という風に僕の中では、映画と喫茶店は完全にセットになっています。なので、数々の昭和の名画座の閉館に直面してきた僕にとっては、それらと同じような喪失感を覚えているのです。
「ハイマート」は昭和30年!に開店、内装も古びているし、昔風の長ソファ、テーブル席の椅子も古い形ですが、妙に落ち着くのです。今は、スターバックスなどの大手「カフェ」チェーンがそこら中にできており、どこに行っても同じような店舗、味、サービスとマニュアル通りになっていく様はまるでクローンが増殖するようで街を無機質でつまらなくしているように思います。ちょうど、巨大シネコンが次々にできて、街の小さな映画館や名画座が消えていった時期と重なります。そして、平成も残りわずかになったこの1月、昭和の匂いがする喫茶店が閉店……。特に、僕はひとつの店や場所に居つく性質(たち)なので、これからどうすればいいのかと途方に暮れてしまうのです。
最終日の15日、いつもテキパキと働いていたウエイトレスの方に初めて声をかけました。お客様で賑わっているのにどうして閉店してしまうのですか?と訊くと、「オーナーの方が高齢でここらで……という判断されたみたいです」とのこと。ああ、そうか、頑張ってこられたんだなあと思い、「お疲れさまでした」と言って店を出ました。
「昭和レトロ」みたいに雑誌で話題になることもない、ごく普通の喫茶店ですが、いつも(空いていれば)窓際の席に座り、そこから通りを行き交う車や、横断歩道を渡る人の流れをぼんやり見たり、新聞や本を読んだり……僕が膨大な時間を過ごした「ハイマート」の記憶と感謝の気持ちを残したく書きました。さようなら、そしてありがとう「ハイマート」。 (ジャッピー!編集長)
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追悼・ニコラス・ローグ監督 忘れられない「美しき冒険旅行」

昨年11月23日に映画監督のニコラス・ローグさんが亡くなりました。90歳です。映画界でのキャリアは長く、戦後すぐ映写技師から映画会社に入り、編集見習いなど下積みを10年近くつとめ、撮影担当となります。「アラビアのロレンス」(1962 デヴィッド・リーン監督)の撮影(フレディ・ヤングさんと共同)など大作から、「華氏451」(1966 フランソワ・トリュフォー監督)など多くの作品に関わりました。その後、監督となり、僕のように1970年代に映画にどっぷりハマった世代にとっては忘れられない一人です。最初に観たのは「美しき冒険旅行」(1971 ニコラス・ローグ監督)で、オーストラリアの砂漠のような土地を姉弟が彷徨い歩くというものです。当時読んでいた「ロードショー」誌にジェニー・アガタ―さんが全裸で水浴びするシーンがあると書いてあったので、それ目当て(スケベ心丸出し)に観に行きましたが、当時はかなりボカシが入っていました……。しかし、ちょっと文明批判みたいな視点があり、何よりローグさん自身の撮影の映像が、乾いた空気や水の質感まで感じさせるようで強く印象に残りました。ずっともう一度観たいと思っていたところ、のち新宿高島屋の中にできた「テアトル・タイムズスクエア」という映画館でリバイバル上映があり、駆け付けました。今度は「WALKABOUT 美しき冒険旅行 」と原題付きのタイトルとなり、「完全版」! そう、もうヘア・ヌードも当たり前の時代になっていたのです。ともかく、一生観れないと思えた「完全版」を観れて、あらためてこの映画がカメラが捉えた「自然」の美しさを堪能したのです。すでにスケベ心もない冷静?な視線で見ても、この大自然の中で「ボカシ」を入れることの方が「いやらしい」と感じました。
ちなみに、この「テアトル・タイムズスクエア」はスタジアム型の座席で巨大なスクリーンでいい映画館でしたが閉館してしまい残念。
この撮影時、ジェニー・アガタ―さん16歳、本当に瑞々しく美しかったなあ!(弟を演じたのがニコラス・ローグ監督の実の息子で当時7歳)撮影には4か月もかけたといい、撮影前、ジェニーさんは監督からシドニー・ノーランさんが描いた「奥地」という絵画を見せられイメージを与えられたといいます。のちにアート・ガーファンクルさん主演で撮った「ジェラシー」(1979 ニコラス・ローグ監督)はクリムトさんの絵画をモチーフにしていたし、さすがカメラマン出身の監督らしい画作りです。また、デヴィッド・ボウイさんが美しい宇宙人を演じた「地球に落ちてきた男」(1976 ニコラス・ローグ監督)を観たとき、干からびた星の風景が「美しい冒険旅行」の荒涼とした砂漠地帯を彷彿させましたし、「美しき冒険旅行」にはローグ監督の原点があるように思います。
その映像美で魅了したニコラス・ローグ監督のご冥福を心よりお祈りいたします。
明日1月19日、池袋の新文芸坐にて1日かぎりのニコラス・ローグ監督追悼上映があります。「WALKABOUT 美しき冒険旅行」と「地球に落ちてきた男」の2本立てです。お時間ある方は是非、大きなスクリーンでご覧ください。 (ジャッピー!編集長)
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追悼・天地総子さん 昭和のCMソング女王

年が明けてまもなくの1月6日に歌手、女優、タレントの天地総子さんが亡くなりました。78歳です。天地さんといえば、美しい声が思い出されます。たしか、お父さんがピアニストで音大付属高校を出ておられるので基礎ができているプロの歌手という感じでした。童謡やアニメの主題歌の他に数々のCMソングを歌われました。今回の訃報を知らせる記事でその数「2000曲」と知り、あらためてスゴイ!と思いました。まさに「CMソングの女王」です。♪パンシロンでパンパンパン~、♪ライオネス~コーヒーキャンディ~本場のコーヒーの味~、♪あ~らよ、出前一丁~、♪でんでん、でん六豆、うまい豆~ など、昭和世代だったら絶対誰でも知ってるCM、これらを天地総子さんが歌っておられました。
女優としても活躍されましたが、映画の印象はあまりなく、僕が覚えているのでは「トラック野郎 突撃一番星」(1978 鈴木則文監督)です。樹木希林さんの怪演で知られる作品(当ブログ2018年9月19日を参照)ですが、サブストーリーで玉三郎(せんだみつおさん)が社長になっているというウソをついたために、田舎から出てきた父親(辰巳柳太郎さん)をガッカリさせないように桃次郎(菅原文太さん)らがひと芝居うちます。知り合いの運送会社の社長(小松方正さん)に頼み、玉三郎を社長に仕立てあげ大騒動になります。小松さんの奥さん役が天地さんで、社長夫人なのに事務員扱いされ笑いをさそいます。
そして、何と言っても天地総子さんといえば、NHKの「連想ゲーム」です。紅組のキャプテンを長らくつとめ、白組キャプテンの加藤芳郎さんとともに「連想ゲーム」の顔でした。土曜の夜(のちに水曜19時半~)に、キャプテンがヒントを出し、解答者が「お題」を当てるというシンプルなゲームを楽しんだものです。よく、加藤さんが苦し紛れにわざと違反ヒントを繰り出しましたが、天地さんはペースを崩さず、頭の回転のいい人だなあと思いました。子供心にちょっと憧れの人と感じていました。
今週14日たまたまNHKの「ファミリー・ヒストリー」(この日は「堺正章さん」のルーツをさぐる回)を見ていたら、1968年にお父さんの堺駿二さんが舞台公演中に亡くなったときに天地さんが共演していたとのことで、コメントを述べていました。(「天地総子さんは1月6日に亡くなりました」のテロップが出ました) 久々に拝見した天地さん、相変わらずお綺麗で、78歳とは思えない若々しさでした。
歌やドラマ、司会などで活躍され、僕たちを楽しませてくれた天地総子さんのご冥福を心よりお祈りいたします。  (ジャッピー!編集長)
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きたさん
1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
ハピイ氏橋
昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
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