ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

「キャント・スタンド・ルージング・ユー」から「見つめていたい」へ

一昨日の当ブログで、「ポリス」がデビューから2作続けて「放送禁止」をくらった話を書きました。ファースト・シングルの「ロクサーヌ」は街に立つ娼婦のことを歌っているためにBBCからダメ出しされましたが、セカンド・シングル「キャント・スタンド・ルージング・ユー」は「自殺」を扱っているからです。
歌詞は一人称で語られていて、恋心を抱いている女の子につれなくされている辛い思いに満ちています。君に送った手紙が送り返されてきた、貸したレコードは傷だらけになっていた、とかなり冷たくされている様子が綴られ、サビでは「キャント・スタンド・ルージング・ユー」=「君を失うなんて我慢できない」と繰り返し歌われます。そして、とうとう you'll be sorry when I'm dead and this guilt will be on your head  I guess you'd call it suicide と続きます。「僕が死んだと聞いたら、君だって後悔するよ。自殺だということが君の頭に罪の意識がこびりつかせる」というわけです。
もし、人生相談なんかに来たら、「早まるなよ。そんな冷たい女のことは忘れて……」と回答したくなるような状況ですが、周りが見えなくなっているとそんなアドバイスは通じないかもしれません。
この思いつめ方、のちの大ヒット「見つめていたい」にも通じるものがありますね。1983年、ビルボードで8週連続1位を独走、「見つめていたい」の原題は、Every Breath You Take で、「君が息をするたび」という意味ですが、歌詞は「君が動くたび」「君が約束を破るたび」「君が歩くたび」……僕は君を見つめている……と、愛する人がちょっとした動きものがさず遠くから見つめているという内容です。 収録されたアルバム「シンクロニシティ」を僕も購入して聴いたとき、あ「キャント・スタンド・ルージング・ユー」と直結してる!と感じました。ちなみに、作者のスティングさんは「見つめていたい」について、「これは嫉妬の歌だ」と語っています。
この曲、実に綺麗に韻を踏んでいる(もう完璧です!)ので、僕は教師時代によく教材として使用しました。その時、生徒たちの感想は「これってストーカーみたいで怖い……」というものが多かったです。 (ジャッピー編集長)
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三上真一郎さんと「仁義なき戦い」

14日の当ブログで、今年7月に亡くなった三上真一郎さんが「松竹ヌーヴェル・ヴァーグ」の渦中にあった頃のことを書きました。やがて、映画も斜陽となり、三上さんは松竹を退社、他の映画会社の作品にも出て活躍の場を広げます。
「仁義なき戦い」(1973~1974)シリーズにも三上さんは出演されます。東映実録路線の幕を開いた9第1作「仁義なき戦い」(173 深作欣二監督)には「新開宇一」役を演じます。images (1)
復員兵や食いつめ者といった若者たちが集まり、戦後の焼け跡から発生した暴力団ですが、その中の一人です。組織が膨張する中で、内部抗争が始まり、松方弘樹さん演じる「坂井鉄也」と対立、最後は駅のホームで刺殺されます。(このシーンはゲリラ撮影で迫力あったなあ)
また、第4作「仁義なき戦い 頂上作戦」(1974 深作欣二監督)では「川田英光」という役で強い印象を残します。
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打算的なヤクザで、代理戦争の最中、どっちにつくか曖昧な態度をとり、自分の子分(というかまだバッジもないようなチンピラ)の小倉一郎さんを唆して松方弘樹さんを殺させます。小倉さんは原爆スラムに住む貧しい若者で、松方さんに可愛がられて信用を得ています。そこを利用して、三上さんが小倉さんに囁くのです。この名科白「ここらで男にならんと、二度と舞台はまわってこんど」は、個人的にも僕が30年以上勤めた会社を辞めるか迷っていたときに浮かんだ言葉でした。E4BB81E7BEA9E3818BE3828BE3819FEFBC9CE38282EFBC9E-thumbnail2
(詳しくは当ブログ2016年11月28日「仁義なき戦いは人生の金言集」をご覧ください)僕も失業して今も貧困に陥っていますが、小倉さんも松方さんを撃って逮捕、無期懲役になってしまいます。ともかく、この三上さんが悪魔の囁きを発するシーン、記憶に残る名場面でした。
劇中、松方さんが「あの川田というのはクセのある男じゃから……」と言うシーンがありましたが、その通り、「ぬらりひょん」みたいな役を三上さんは見事に演じていました。かつての松竹青春スターもこのとき33歳、挫折や屈託、人生経験が役者としての深みを増したのでしょう。かつて師匠の小津安二郎さんに「真公は50歳になったらいい役者になるぞ」と言われた三上さん、その予言よりもだいぶ早く、味のある演技を見せてくれました。  (ジャッピー!編集長)
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1978年、「ポリス」は何故「パンク」に扱われたか

当ブログ11月15日に、きたかたさんも書いておられますが、1978年にデビューした「ポリス」は当時、「パンク・ロック」のジャンルとみなされていました。「パンク・ロック」といえば、当ブログ12月5日に取り上げた「セックス・ピストルズ」のような、テクニックよりも若者のフラストレーションの爆発的衝動が前面に出るような、ある種、素人っぽさもその特徴である部分が含まれると思います。
そういう意味では「ポリス」は「パンク・ロック」とはかなり遠い位置にいるバンドだと思います。ギターのアンディ・サマーズさん
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は既に1960年代には、「アニマルズ」「ソフト・マシーン」といった著名なバンドに参加していたし、ドラムのスチュワート・コープランドさんはアメリカから1974年に渡英、プログレ・バンド「カーヴド・エアー」に在籍していました。
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そしてベースのスティングさんは教師をやりながら、元々はジャズ・コンボで活動していました。(そういうルーツがあるので、「ポリス」解散後、スティングさんの初ソロ・アルバム「ブルー・タートルの夢」は一流ジャズ・ミュージシャンを集めて作られました)
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このように、3人とも「ポリス」結成以前にそれぞれプロとしてのキャリアがあり、幅広い音楽性を備えていたのです。それは、レゲエやアフリカン・ビートを取り入れたファースト・アルバム「アウトランドス・ダムール」を聴けばすぐに分かります。かなりのテクニシャンが集まってスタートしたので、いわゆる「パンク・ロック」とは出自が違うのです。
では、なぜ「パンク・ロック」と括られてしまったかというと、当時のロック・シーンにはなかった音像を持っていたことと、その過激性があったと思います。「アウトランドス・ダムール」からシングル・カットされた「ロクサーヌ」は売春婦を描いた歌詞(♪もう金のために街に立たないでくれ 他の奴らと君をシェアしたくない)のためにいきなり放送禁止をくらってしまいます。0-110209-05
それに憤ったスティングさんはBBCを攻撃するポスターを作ると、BBC側は今度はセカンド・シングルの「キャント・スタンド・ルージング・ユー」の歌詞が「自殺」を扱っていると「放送禁止」にします。
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こうして、前代未聞、デビューからシングル2曲続けて「放送禁止」になったことと、放送局への反撃キャンペーンをしたことで「ポリス」は「体制」へのアンチという「パンク・ロック」のイメージをまとったのかもしれません。
 
 (ジャッピー!編集長)
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三上真一郎さんと「松竹ヌーヴェル・ヴァーグ」

昨日の当ブログで、今年7月に亡くなった三上真一郎さんの著書「巨匠とチンピラ 小津安二郎との日々」を紹介しました。
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俳優になって間もない若き三上さんを小津さんとの交流が綴られ、小津さんの素顔が垣間見えるようです。何と言っても、平易な筆致の中に小津さんに対する敬意と愛情に満ちています。清々しい文章で本当に名著だと思います。後半は小津さんが監督になる前に代用教員をやっていた三重県の飯高町の「オーヅ会」、小津監督ゆかりの「蓼科映画祭」、パリで行われた「小津作品上映会」など、小津さんが亡くなったあとも、その作品に出ていたということで呼ばれたり、訪ねたりした各地のことが書かれています。三上さんが小津監督に「映画界以外の人と出会うことが大事だ」とアドバイスされた(←昨日の当ブログを参照)ように、芸能界以外の人との交流が三上さんにいっそう人としての深みをもたらせたのでしょう。
三上さんは1958年、立教高校在学中に松竹に入社ですから、その2年後に巻き起こった「松竹ヌーヴェル・ヴァーグ」のときはまさにド真ん中の若手俳優だったわけです。実際に「乾いた湖」(1960 篠田正浩監督)主演して「新しい波」にちょこッと乗るのですが、
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三上さんはこの「松竹ヌーヴェル・ヴァーグ」に対してはあまり評価していません。というか、むしろ批判的です。この「巨匠とチンピラ」の中にも一章を使っていますが、もっと強い調子で書いてしているのが、雑誌「映画論叢」に連載されていた役「チンピラ者の万華鏡」の「松竹ヌーヴェル・ヴァーグ」について書いた回で、特に大島渚監督について批判をあらわにしています。「青春残酷物語」(1960 大島渚監督)
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で一躍ヌーヴェル・ヴァーグの旗手になった大島監督が新聞のインタビューに「私の映画を見に来るのは啓蒙されに来る客であって日活のギャング映画を観に来る輩とは違う」と発言したことに三上さんは不遜なものを感じるのです。「啓蒙」とはまるで「自分の作品を観に来る奴は程度の低い奴」とみなしているかのような「上から目線」にカチンときているのです。当時の映画の現場にいた三上さんの実感として映画とは「それぞれの人生を背負った人がスクリーンを見つめ、物語に陶酔したり、腹を抱えて笑ったり、己の人生に重ねて涙したり……」するもので、「啓蒙」するなんて心構えで映画を撮るなんて俺は嫌いだねと大島監督をばっさり斬ります。僕は大島作品も観ますが、この三上さんの意見には賛成です。「啓蒙」で作るとなると、それが右だろうと左だろうと大変危険なものになるのが映画だしね。「新宿昭和館」や「浅草名画座」に通っていた僕としては、映画は大衆娯楽。笑ったり泣いたりハラハラしたりすればいいのであって勉強するために映画館に行くわけでないのです。
この「チンピラ役者の万華鏡」、撮影所や役者の色々な話を歯に衣着せず語っていて面白く、どこかで単行本化してくれないかなあ。 (ジャッピー!編集長)

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「晋・ゴジラ」というプロパガンダ

今週のはじめ、何曜日だったかなあ、テレビ朝日を観ていたら、CMの時間に石破茂が映りました。そして「……政府と国民って何だろう。自衛隊の役割って何だろう。これはただ楽しいだけの映画ではありません。是非ご覧になってください」みたいなことを喋っていました。この時点では作品名をあげておらず視聴者の興味をそそる狙いだったようですが、僕にはもちろん「シン・ゴジラ」(2016 庵野秀明監督)だなとピンときました。
16日に放映することを宣伝する「番宣スポット」だったわけですが、それに政治家(元・防衛相)を登場させて「単なる娯楽映画じゃないんだ」とアピールするってどうなんでしょう。劇場公開時から、僕は当ブログで「シン・ゴジラ」が国策映画であることを書いてきましたが(当ブログ2016年9月29日「危険な匂いのする映画」、10月3日「2016年の国策映画」、10月9日「晋・ゴジラとスタンディング」など)、いよいよ自民党政権が何の臆面もなく、「国策映画」であることを明らかにしてきたようです。「シン・ゴジラ」は昨年初めて地上波放送されたばかり。視聴率が良かったのかもしれませんが、このタイミング。来年の参院選を睨んでなのか、「改憲」に向けて人気映画で国民を先導しようという魂胆に見えます。こうして、いつのまにか国民の意識をひとつの方向に向かせる。まさに「国策映画」ですねえ。公開時にアベ首相が「自衛隊の皆さんがカッコよく描かれていて国民の支持を得た」と発言した作品の庵野監督はアベと同郷、山口県出身。ここにも加計理事長みたいにアベお友だちの匂いがプンプンします。やはり「シン・ゴジラ」は「晋・ゴジラ」というのが正解のようです。「東日本大震災」を隠れ蓑に利用し、「日本はこんなものじゃない!」とナショナリズムを高揚させ、「兵器の見本市」を展開、どうしても「軍事大国肯定」にしか見えない映画、完全に自民党の「プロパガンダ」のコンテンツとなったようです。 (ジャッピー!編集長)
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きたさん
1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
ハピイ氏橋
昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
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