ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

ありがとう、「有楽町スバル座」

昨日の当ブログで書いたように、20日で閉館となってしまった「有楽町スバル座」は、1946年(昭和21年)の大晦日に開館しますが1953年に火災で焼失してしまい、1966年に「有楽町ビルディング」に入って再オープンとなったのです。このときは日活の契約館だったので、こけら落としは吉永小百合さんと浜田光夫さんコンビの『青春のお通り 愛して泣いて突っ走れ!』(1966 斎藤武市監督)と石原裕次郎さんとジャニーズが共演の『青春大統領』(1966 江崎実生監督)です。この当時は、日活の本社が日比谷の一等地に堂々と自社ビルで建っていましたから、「スバル座」はまさにお膝元だったのです。裕ちゃんと北原三枝さんの結婚式が行われたのがこの本社ビル内の「日活ホテル」でした。しかし、1970年(昭和45年)には業績悪化で「日活本社ビル」は売却。現在は高級ホテル「ペニンシュラ東京」が建っています。

今回の閉館に際しての「スバル座の輝き~メモリアル上映~」と題した10月5日(土)から20日(日)までの特集上映で、6日(日)に『非行少年 陽の出の叫び』(1967 藤田繁矢=のち敏八監督)や『殺しの烙印』(1967 鈴木清順監督)といった作品がラインナップされた「日活作品デイ」だったのは、そういうわけなのです。

また、10日(木)には『チャップリンの黄金狂時代』(1925 チャーリー・チャップリン監督)、『チャップリンの独裁者』(1940 チャーリー・チャップリン監督)、『街の灯』(1931 チャーリー・チャップリン監督)といったチャップリン・デイになっていたのも2003年のチャップリン生誕90周年記念として「チャップリン映画祭」をやったことがあるからです。(この特集には僕も何回か足を運びました)

ですから、この「スバル座」にはかつて、サユリストの青年たち、『イージー・ライダー』(1969 デニス・ホッパー監督)に夢中になった若者たち、チャップリン好きな名画ファンなど、いろいろな人がこの空間に集い、スクリーンを見つめ、笑い、泣き、感動したのです。そういう多くの人の思いがスバル座の場内、あのロビー、隅々まで詰まっているのです。そんな歴史ある映画館が無くなってしまうことは本当に淋しいことです。

当ブログ2019年8月15日「スバル座の閉館が残念でなりません」にも書きましたが、近年はメジャー映画館ではかからない地方発の良い作品を積極的に上映してくれました。ここでしか観れない作品も多く、見逃さないで良かった!と思う作品が多かったのです。これには支配人の足立喜之さんのこだわりと努力があったとききます。お疲れ様でした。ああ、こういった作品、これからどこで観ればいいのか……。また、大林宣彦監督の最近の作品もここで上映されていて、『この空の花 長岡花火物語』(2012 大林宣彦監督)、『野のなななのか』(2014 大林宣彦監督)、『花筐 HANAGATAMI』(2017 大林宣彦監督)の3部作の記憶は「スバル座」とがっちりとリンクしています。映画の記憶って、その作品を観た映画館とともに保存されるなあとつくづく思うのであります。たくさんの映画の思い出をありがとう、有楽町スバル座。  (ジャッピー!編集長)

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さようなら「有楽町スバル座」 二度と聞けない「ごゆるり」

1020日、日曜日に「有楽町スバル座」が閉館、53年間の歴史に幕を下ろしました。当ブログ2019年8月15日「『スバル座』の閉館が残念でなりません」にも書きましたが、今の有楽町ビルディングに入っている「スバル座」は1966年4月、ゴールデンウイークに合わせて開館したもので、実はその前、1946年の1231日に「本邦初のロードショー劇場」という謳い文句で開館しました。1953年に火災で焼失してしまい、1966年に再オープンとなったのです。ですから、初代スバル座の開館から(空白期間も含めて)73年。多くの人がここのスクリーンでいろいろな映画に出会ったことでしょう。

特に、1946年(昭和21年)というと、戦争の傷跡があちこちに生々しく残っていた時代、お腹を空かしていた人々は娯楽にも飢えていたのです。まさに戦後の新しい希望の象徴でしょう。こけら落としは『アメリカ交響楽』(1945 アーヴィング・ラバー監督)、ジョージ・ガーシュインさんの伝記映画ですから、きっと観客はそこに流れるジャズ音楽やアメリカの豊かさを夢見るような眼差しでスクリーンを見つめていたことと思います。スバル座のロビーに、その頃の写真パネルが飾られていて、高峰秀子さんなどスターも来場して華やかにオープンした様子が分かります。

1966年に再オープンとなって一時は日活の契約館となっていましたが、以後は洋画の封切館となって、ご存知『イージー・ライダー』(1969 デニス・ホッパー監督)が大ヒットを記録したことは当ブログ2019年9月8日「『イージー・ライダー』と有楽町スバル座」で書いた通りです。何と1月から7月までの超ロングラン! で18万人を動員したのです。もちろん、スバル座の歴代上映作品の動員1位です。1020日(日)の最終日は『0.5ミリ』(2014 安藤桃子監督)と『花筐 HANAGATAMI』(2017 大林宣彦監督)の2本を上映、朝から閉館を惜しむ人が列を作ったといいます。僕はこの日は行けませんでしたが、16日(水)に『地上より永遠に』(1953 フレッド・ジンネマン監督)を観に行きました。好きな映画であるということと、何となく名作洋画でこの映画館とお別れしたかったのです。「スバル座」に行かれたことのある方はご存知でしょうが、休憩時間に「エデンの東」とか「八十日間世界一周」とかの音楽がいわゆるイージーリスニングで流れるのです。それが何とも心地よく、日々の煩雑さや苦しみをほぐしてくれたのです。そんな映画館だったので、古き良き洋画で「僕のスバル座」史をしめたかったのです。そして、あのレトロな場内放送! 昔のままの独特な口調?で「どうぞ皆さま、ごゆるりとご鑑賞ください」というのももう二度と聴けないんだなあ……。「ごゆるり」なんて言葉、これからもう耳にすることはないのだろうと思いながら、バート・ランカスターさんやデボラ・カーさんの姿を見つめたのでした。  (ジャッピー!編集長)

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「ラグビー日本代表チーム」と台東区の災害避難所

20日の日曜日、ラグビー・ワールドカップ準々決勝で日本は南アフリカに敗れました。前半は接戦でしたが、後半に入って南アフリカの地力を見せつけられました。それでも、前回大会で果たせなかった初のベスト8、胸をはっていいと思います。当ブログ1019日に取り上げた『インビクタス 負けざる者たち』(2009 クリント・イーストウッド監督)の舞台となった1995年南アフリカ開催のWカップでは、日本は17145という記録的大敗を喫していますから、そこから6大会目で1時リーグを1位突破するまでになったのです。

僕が印象的だったのは、アイルランド戦です。過去一回も勝てなかった強豪国に歴史的勝利。ちょうど、その試合があった9月28日(土)は古くからの友人のお母さんが亡くなり、お線香をあげに行っていて、そこでテレビで友人たちと観たこともあり、記憶に残っています。南アフリカ戦も負けたとはいえ力を出し切り、ノーサイドになったあともすがすがしい感じでした。主将のリーチ・マイケルさんなんか本当にいい顔していました。どうしてもフィジカル面で不利な日本ですが、全体でカヴァーし、団結力で立ち向かう「ワン・チーム」という戦い方はできたんじゃないでしょうか。

一方、日本という国は「ワン・チーム」とはとても言えない感じです。台風19号が上陸し、各地で警報や避難勧告が出されていた中、台東区の避難所でホームレスの人が避難を拒否されるという事態が起こりました。ホームレスで住民票がなく区税を払っていないという理由で入れてもらえなかったというのです。まさにお役所マニュアル的な対応で、呆れるし、ゾッとします。税金も払わない人は社会の役にたたないから命を守らなくてもいというのでしょうか。この、ホームレスを追い払った区の避難所の対応は、「生産性」発言をしたアホ議員・杉田某の考えと似たような意識が根底にあるような気がします。

むしろ、税金を払うということは、税金を払えない人や事情のある弱い立場の人のためであると思いますがね。みんなのために、まさにone for all, all for one ではないいんですか。払っている人だけ使う権利があるんだったら、より高い税金を払っている人の言うことが何でも通っちゃう世の中になってしまうわけですか。避難所も高額納税者から優先して入り、貧乏人は外にいろってか。

金を持っていようがいまいが、ひとつの命はまさにみんな同じ。だいたい、あれだけ「命を守る行動を直ちにとってください」と警報で言いながら、まさに命の危険を感じてやって来た人を追い返すとはどういうことなのかね。人間として、目の前に困っている人がいたら助けるのが当たり前ではないのですか。拒否されたホームレスの方はあの強風、豪雨の中、傘一本でしのいでいたそうです。追い出した台東区の職員はそういう想像力もなかったのか。このホームレスの方が亡くなったりしていたら、どう思ったのか。「税金払ってないんだから仕方ない」とでも思うのでしょうか。「ワン・チーム」とはほど遠いですね。  (ジャッピー!編集長)

 

 

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千家和也さんの名作「そして、神戸」

ひとつ前の当ブログで、今年6月13日に亡くなった作詞家・千家和也さんに触れました。僕の中では三部作になっている「バスストップ」「終着駅」「逃避行」について、見事に映画のシーンのように「画」が浮かぶ詞だと書きました。鈍色の空、ポツンと駅に佇む女、スーツケースを持って、男が来るかかすかな望みをかき消すようにフッとため息をつく女、そんな女の表情をキャメラがとらえて……と、自分が映画監督になったみたいに頭に絵コンテが浮かんだりします。

そういう意味では、内山田洋とクールファイブが唄った「そして、神戸」も千家さんの書いた名品と思います。♪神戸~泣いてどうなるのか~捨てられた我が身がみじめになるだけ~~神戸~船の灯り 映す~ 濁り水の中に~靴を投げ落とす ってスゴくないですか! 港の夜、暗い海を見つめるヒロインが靴を投げ落とすシーン、もう台詞なんていらない、このワン・カットだけで映画の名場面が作れますよ。さらに、2番の描写は ♪神戸~呼んで帰る人か~ 傷ついた心が~醜くなるだけ~~ 神戸~ 無理に足を運び~目についた名もない花を踏みにじる~ うーん、「花を踏みにじる」……すごいなあ。「踏みつける」じゃなくて「踏みにじる」という言葉、作詞家という言葉のプロだから当然ですが、この言葉のセレクト、感服する以外にありません。歌詞は♪誰かうまいウソのつける~相手さがすのよ~~と続きますが、見事に悔しさと諦念、ちょっとの未練が「踏みにじる」に凝縮しているではありませんか。千家和也さんの歌詞は、シナリオライターを目指す人にも大いに参考になるような気がします。

また、「そして、神戸」というタイトルも素晴らしいです。コピー・ライター志望者にも参考になるかも。「そして、神戸」は1972年発表、井上陽水さんの「なぜか上海」は1979年リリースですから、千家さんの言葉のセンスは先を行ってましたね。 (ジャッピー!編集長)

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追悼・千家和也さん 昭和の映画の一場面のような

今年の6月13日に作詞家の千家和也さんが亡くなりました。73歳という若さですから残念です。1970年代、次々にヒット曲を生み出しました。僕もよく歌謡曲を聴いていた時代でしたから、また一つ、「昭和」が遠くなった感があります。

訃報を伝える新聞記事の多くが「青い果実」や「ひと夏の経験」を代表作にあげて、「山口百恵さん」の歌を書いた人という取り上げ方でした。たしかに、百恵さんが歌ったこれらの歌、♪あなたが望むなら、私、何をされてもいいわ とか、♪あなたに女の子の一番たいせつなものをあげるわ といった歌詞、ちょっと性的なニュアンスをまとったもので、当時としてはセンセーショナルだったと思います。それまでのアイドルの歌唱する曲がひとつ違うフェーズに入ったという分節点だったように思います。

なので、新聞の記事でもこれらの作詞家と紹介したのは無理もないと思いますが、僕にとって千家さんは「終着駅」(唄・奥村チヨさん)、「バスストップ」(唄・平浩二さん)、「逃避行」(唄・麻生よう子さん)といったナンバーが浮かびます。どれも駅やバス停を舞台にしていますが、これらの場所は映画でも名場面を作ることが多いですよね。つまり、ヴィジュアル的であり、ドラマ性を持った作詞家というイメージであります。

1972年日本レコード大賞作詞賞を受賞した「終着駅」の、♪落ち葉の舞い散る停車場は~悲しい女の吹き溜まり~だから今日もひとり~明日もひとり~涙を捨てに来る~ と、今でも歌えちゃいます。寂れた駅のプラットホーム、待合室、などの佇まいが映像として浮かんできますよね。そして「吹き溜まり」という言葉。いいですねえ! モノクロのフランス映画みたいじゃないですか。また、「バスストップ」は、♪バスを~待つ間に~涙を拭くわ~ 知ってる誰かに見られたら~あなたが~傷つく~ 何だかこの去っていく女がどのようなタイプで、どんな男とどんな暮らしをしていたかが、「モノローグ」調の歌詞で想像できます、これはスゴイ詞だとうなりましたね。また、平浩二さんの歌唱もいいんですよねえ。1974年リリースの「逃避行」は、♪あの人から言われたのよ 午前5時に駅で待つと~ 知らない街へふたりで行って 一からやり直すために~ と、まさに映画の一場面のよう。結局、待ったのに男は来なかったという歌詞で、「くされ縁」とか「ダメ男」「それでも信じてしまう女」といったワードが頭の中にいくつも浮かんできます。この3本、いずれも女性を主人公に「別れ」を描いていますが、まさに「昭和」という感じですよね。新珠三千代さんや、池内淳子さんが似合いそうな。当時はPVとか無かったわけですが、もう歌詞だけで脳内に一本のPVが映し出されるような完成度を持っていると思います。

ストーリー・テラーであり、映像的な歌詞で、多くのヒット曲を作り出した千家和也さんのご冥福を心よりお祈りいたします。  (ジャッピー!編集長)

 

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1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
ハピイ氏橋
昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
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