ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

「クイーン」と「ミュージック・ライフ」の時代

「ボヘミアン・ラプソディ」(2018 ブライアン・シンガー監督)が興収70億に達したとか。このお正月も観客があふれているようでメガ・ヒットです。昨年、僕が近所のシネコンで観たときも普段ガラガラのことが多い館内にかなりの人が入っていました。見渡すと、けっこう年配の方も多く、かつて若い頃に「クイーン」を聴いていた世代でしょう。
僕は「クイーン」はあまり聴いておらず、「キラー・クイーン」(1975)がヒットしたときに知ったぐらいですが、そのヒットの前から雑誌「ミュージック・ライフ」ではガンガン特集が組まれておりました。当時、僕は「ミュージック・ライフ」を愛読しており、自分で買ったり、友だちに借りたりしていました。
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「レッド・ツェッペリン」の新作アルバムが出ると載る詳細な分析レビューとか精読したものでした。しかし、ちょっと「アイドル誌」ぽくなってきたのが合わなくなって、だんだん離れるようになってしまいました。今からみると信じられないかもしれませんが、「クイーン」「キッス」「ベイ・シティ・ローラーズ」が「ロック御三家」と呼ばれ、よく特集記事が組まれていたのです! 「キッス」には女子ファンがほとんどいなくて、「ローラーズ」に年少の女子、そして「クイーン」にはそれよりチョイ上の年齢の女子が熱狂していたと思います。
最近、当時の「ミュージック・ライフ」編集部員だった東郷かおる子さんのインタビューを読むと、アメリカで「クイーン」が前座で出ているのを観て魅せられて、「これは人気が出る」と誌面で猛プッシュしたそうです。意識的に「クイーン」を売り出そうという熱意が結実したのです。おかげでまだスターになる前から「クイーン」は来日すると女子ファンから大歓迎を受け、メンバーは大の日本びいきになったのです。特にフレディ・マーキュリーさんは日本文化に魅せられ、骨董品を買い求めたり、自宅の庭を「日本庭園」にしたことはよく知られています。映画の中に「日本庭園」が出てくるかなあと期待しましたが、出てこなかったのは残念。(部屋に神社仏閣のお札?が貼ってあるのは映りましたね)
「アイドル誌」ぽくなった「ミュージック・ライフ」から僕は離れてしまいましたが、考えてみれば、その少し前の時代の「ミュージック・ライフ」は「ウォーカー・ブラザーズ」をアイドルぽく扱った記事が毎号載っていた時期もありましたし、そもそも「ビートルズ」だって超「アイドル」だったわけです。そこからどう音楽的に進化、発展するかがスーパースターになるかどうかでしょう。「クイーン」は「ボヘミアン・ラプソディ」という稀代の名曲を出してスターに駆け上がったのです。
(ジャッピー!編集長)
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平成最後の「紅白」、サザンとユーミン

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。平成最後のお正月です。「平成」も残り4か月、5月からは新しい元号になり、いよいよ「昭和」も遠くなるという感じです。昨日の大晦日の当ブログにも書きましたが、僕の父は大正生まれ。昭和の少年からすると「明治」というのは、「おじいちゃん、おばあちゃん」の生まれた遠い昔の時代と思えたものです。今の「平成」世代の人たちから見ると、「昭和」の僕たちも同じように見えているのでしょうか。何だか、自分が急にグッと年取ったような感じにとらわれてしまいます。
さて、昨夜は「平成」最後の「紅白歌合戦」を観ました。ずいぶんと知らない歌手、グループが占めるようになってしまいました。「あいみょん」「米津玄師」という人も初めて見ましたが、なかなか良い曲でした。そんな収穫もありましたが、普段あまりNHKを観ないので、ちょっと戸惑うところも。さすがに「チコちゃん」ぐらいは知っていましたが、総合司会の内村光良さんが演じる変な人物とか全然知らなかったのでちょっと「置いてかれ」感も。また、天童よしみさんの歌唱のとき、武田真治さんが腕立て伏せしたりしていて、?と思ったのですが、そういう番組をやってらっしゃったんですね。でも、武田さん、サックス演奏も含め、好サポートでした。
そう、「紅白」っていうのは、こういう意外なコラボとかが楽しいと思うのです。せっかくの大舞台で、いろんなジャンルの歌手が集まっているのだから、ここでしか観れない共演とかがもっとあっていいと思います。今回でいえば、DA BAMPをバックに従えての五木ひろしさんとか、布袋寅泰さんのギターをフィーチャーした石川さゆりさんの「天城越え」とか素晴らしかったです。
そして、ラストに登場したサザンオールスターズ。桑田佳祐さんがノリノリで「勝手にシンドバッド」を唄い、何と松任谷由実さんがセクシーに腰をくねらせデュオするという大団円。「平成」の集大成というよりは、その前の「昭和」から「平成」も走り抜けた大スターの共演が盛り上げました。
そしてこれを観ながら、「勝手にシンドバッド」でデビューした当時、コミック・バンドと見なされていたサザン、シンガー・ソングライター「荒井」由実さん(僕は、デビュー・アルバム「ひこうき雲」をすぐに購入した大ファン)の時代、まさかその40数年後にこうして「紅白」のエンディングの中心にいるとは誰も想像もしなかっただろうなあと不思議な感慨に浸ってしまいます。  (ジャッピー!編集長)
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追悼・金子兜太さん

今年の2月20日に俳人の金子兜太さんが98歳で亡くなられました。金子さんは大正8年生まれで、個人的なことになりますが僕の父も同じ大正8年生まれで、僕はとうに父親の年齢を越えてしまいましたが、「ああ、生きていれば父も98歳かあ……」と久しぶりに早くに亡くなった父親の無念などに思い至ったりしました。年の瀬の孤独な時間、ちょっと感傷的になってしまいました。
俳句にはあまり詳しくないのですが、金子兜太さんはご自身が従軍された経験から戦争の虚しさを発信し続けており、その関連の文章を読むことがありました。僕の父も戦争に行っており、(足の甲に弾が貫通した傷跡がありました)子どもの頃に戦争の話を聞いていたので、その辺もやはり父の記憶と重なったりしたのかもしれません。
金子さんは秩父に育ち、恐慌で繭の値段が下がり村が貧困に陥ったのを目の当たりにして「戦争すれば自分たちの生活が豊かになる」と思い、「身体を張って」という意気で戦争に行きます。当時多かった典型的な軍国少年でした。しかし、戦局が悪化し、金子さんがいたトラック諸島には補給が途絶えます。食糧が来ないので、現地でイモなど作りますが、収穫されたものは軍人、兵隊に優先的に配られ、工員など民間人への配給は少なく、餓死者がゴロゴロと出ます。また、武器の補給もないので、自前で手榴弾を作ることになり、その実験で腕が吹っ飛んだり命を失った人もたくさんいたそうです。一方、指揮する士官・将校などは自分たちが無事に内地に帰ることしか考えていないような状況で、本当にエゴイスティックな雰囲気だったそうです。そんな光景を目にして「こんなひどいことをする戦争は間違っている」と思い、痩せ衰えて死んでいった仲間たちのためにも「無事に日本に帰ったら戦争のない世の中をどういう形でも志したい」と決意するのです。トラック諸島で一年半、捕虜生活を送り、去る時に作った句が有名な「水脈(みお)の果て 炎天の墓碑を 置きて去る」です。まさに金子さんのその後の俳人人生の原点になっています。
僕は前に金子さんと菅原文太さんの対談を読んだことがあり、文太さんが「秩父困民党」の話を出して、「太平洋戦争と重なる」部分について語ったり示唆に富むものでした。文太さんが「金子さんは筋金入りの反骨だ」と言い、反戦の旗を振り続けていきましょうと締めていました。その文太さんが亡くなり、今年、金子さんも亡くなった日本はアメリカからバンバン兵器を購入、空母も作り、明らかに戦争が廊下の角に待っている状況になってしまっています……。金子兜太さんの書による「アベ政治を許さない」というプラカードを掲げ続けるしかありません。
戦場を肌で体験した方として貴重なメッセージを語り継いでこられた金子兜太さんのご冥福を心よりお祈りいたします。(ジャッピー!編集長)
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スクリーンから別れの挨拶

「日刊スポーツ映画大賞」で樹木希林さんが「助演女優賞」を受賞され、28日に行われた授賞式ではお孫さんのUTAさんが代わってで表彰を受けました。また、その前には「報知映画賞」でも樹木さんは「助演女優賞」を獲得、こちらの授賞式では娘の内田也哉子さんが代理で登壇されました。也哉子さんは「母だったらきっと『死人に賞をあげるなんて物好きねえ。で、賞金いくらくれるの?』と言うでしょう」と希林さんの真似を交えてスピーチをされました。顔も似ていますが、まさに希林さんの口調がそっくりでした。「万引き家族」(2018 是枝裕和監督)の他に「日日是好日」(2018 大森立爾監督)、「モリのいる場所」(2018 沖田修一監督)と大活躍でしたから、この後、発表されるいくつかの映画賞でも「助演女優賞」部門は樹木さんが独占しそうですね。
「万引き家族」(←この映画については当ブログ8月18、19日もご覧ください)で印象的だったのは、疑似家族が海水浴に行くシーンで、希林さんが浜辺で楽しむ家族たちを見ながら、何か呟くところです。口だけ動かしていて声がはっきりしていないのですが、「ありがとうございました」と言ってるようでした。劇中では希林さんの役はこの後亡くなってしまう設定なのですが、何だか現実でも全身ガンでもう長くないと悟った希林さんが観客やスタッフ、共演者に向けて呟いたように見えました。あとで是枝監督のインタビュー記事を読んでみたらこの呟きは脚本にはなく、希林さんのアドリブだったそうで、是枝監督も撮ったあとで確認して気がついたそうですから、やはり希林さん自身の感謝の気持ちがこめられていたのでしょう。
僕はこのシーンを観たときに、高倉健さんの遺作となった「あなたへ」(2012 降旗康男監督)を思い出しました。この作品の中で健さんが写真館のウィンドウにグータッチしながら「ありがとう」と呟くシーンです。既に病気にかかっておられた健さん、もしかしたら観客含め自らの映画人生で関わった人たちに感謝を伝えようとしていたのではと思ったのです。
また、10月に大杉漣さん最後の主演作「教誨師」(2018 佐向大監督)を観たのですが、この映画のラスト、車から降り真っ直ぐ正面を向く大杉さんをしばらく映し出し、そのあと「教誨師」とタイトルが出て大杉さんはゆっくり後ろを向いて立ち去っていくのです。これが何だかまるで別れを告げているように見えたのです。大杉さんは2月に急逝だったから「お別れ」の意識はもちろんなかったで、観るこちら側がそう思ってしまうだけなんですが……。しかし、その役者さんがこの世になくなっても、こうしてスクリーンに姿や声が残り、観ている私たちに何かを伝えることが出来るのだということをあらためて感じたのでした。 (ジャッピー!編集長)
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追悼・さくらももこさん

今年の8月15日に漫画家のさくらももこさんが亡くなりました。53歳という若さですから、まったく残念でなりません。西城秀樹さんのファンで知られ、「ちびまる子ちゃん」のエンディング曲「走れ正直者」を歌唱した秀樹さんが亡くなったときにコメントを出しておられたのに……。訃報を聞いたときはまさかと驚きました。
さくらももこさんといえば、その「ちびまる子ちゃん」ですが、アニメ化される前、僕はけっこう早い時期から知っていました。いや、別に「りぼん」を愛読していたわけではなく、当時、教師をやっていた僕に担任しているクラスの女生徒が単行本の第1巻を貸してくれたのです。僕は「いや、少女漫画は読まないから」と断ったんですが、「これ、少女マンガじゃないし、絶対、先生(←僕のこと)だったら面白がるから! だまされたと思って読んで!」と言い張るので、渋々借りて読んでみたら面白かったのです。さくらさんの方が僕より年下ですが、そこに描かれる「昭和」の子供たちのあれこれが自分にも思い当たったり、クスッと笑えるエッセイ風のマンガで、貸してくれたMさんに感謝したのです。そのクラスを担任していたのは1980年代半ばくらいだったから、まだ「昭和」だったかなあ。今振り返ると、あの頃は自分の教師生活でもまだ「昭和」ぽい生徒との関わりができて、僕の人生の黄金時代でもあったかなと思います。その後はどんどん進学校化して「成果主義」とかいろいろ何だか息苦しくなって……。
それはともかく、その後「ちびまる子ちゃん」はアニメ化され大人気となります。「まる子」役のTARAKOさんの声もピッタリはまり、主題歌の「おどるポンポコリン」も大ヒット、作詞されたさくらさんもレコード大賞作詞賞を受賞しました。さくらさんの「歌」に対する思いが炸裂したのが、映画の「ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌」(1992 須田裕美子、芝山努監督)です。さくらさん脚本の本作、ミュージカル風な場面が時にシュール、時にメルヘンチックで映像的にもインパクトがありました。登場する楽曲も大瀧詠一さんの「1969年のドラッグレース」や細野晴臣さんの「はらいそ」などに加えて、何と笠置シヅ子さんの「買物ブギ」を選ぶセンス!(この「買物ブギ」のシーンは必見です!) 
この映画のテーマは「絶対に忘れない。ずっと忘れない」というものだったと記憶していますが、これはまさに、さくらももこさんの資質だったと思います。子どもの頃の風景や心情を忘れず、出会い別れた人への思いが「ちびまる子ちゃん」の根幹にあると感じます。そんな記憶を大切にし、伝えてくれたさくらももこさんのご冥福を心よりお祈りいたします。 (ジャッピー!編集長)
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きたさん
1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
ハピイ氏橋
昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
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